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101万ドルの夜景
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101万ドルの夜景-4

 翌日。
大学の友達から遊びの誘いがあった。大学には行っていないのに、こういう関係は崩れたりしない。それは大学生の良いところでもあり、面倒なところでもある。数人で飲みにいったが、こういう場が好きになれない僕は、午後十一時前に店を抜け出した。あのままいたら明け方までつき合わせられるだろう。
一度アパートに戻り、自販機に向かう。そして迷うことなくコーヒーを二本買った。
あの場所へ向かう足取りはしっかりしている。どうやらあの程度の酒では酔えない体質らしい。

 その場所に、やはり人影はあった。しかしその人影は予想以上に年老いていた。
「おそかったの。」
僕に気付いたその老人は言った。
「老人を待たせるでない。」
歳にして八十近いだろうか。髪は黒いところを見つける方が難しい。やや背すじの曲がった格好で、皺の多いその顔は、真っ直ぐ夜景を睨んでいた。
「どうぞ。」
言って缶コーヒーを手渡した。
「おお、有り難い。」
彼は少し大げさなリアクションをした後、一口くちに含んで言った。
「ミルクが甘ったるいの。」
僕は一昨日の少年の面影を、老人の中に見つけようとしたが、世の中をすべて受け入れたような彼の瞳は、少年に似ても似つかなかった。時の流れというものは、人を変えずにはいられない、といつもと何ら変わりの無い光を見つめながら感じた。
「火を」
いつの間にか手にしていた煙草を見せて彼は言った。
「もらえるかな。」
Super Light を持つ彼の手には、いくつもの皺が走っていて、人生の苦労を匂わせていた。火を煙草につける仕草が、妙に似合っていた。この人は十中八九、未成年の頃から吸い続けているのだろう。そう思いながら、僕も同じ銘柄のそれに火をつける。
「どうしてSuper Light なんですか?」
僕は聞いた。彼は宇宙にむけて公害を発しながら
「LARKは老人の体をいたわる気持ちに欠けているからの。」
と答えた。視線は上を漂ったままである。彼は自然の光の方が気になるようだ。


ここの夜景は美しすぎる。どこか浮世離れした空間。そこに現れる人物も同様。
おそらくここは、自分と向かい合う場所なのだろう。僕は何の根拠も無く、そう感じていた。

 「どうして僕たちは生きているのでしょうかねぇ?」
この半年間、暇があれば考えていたこと。僕が際限なく堕ちていきながら、しがみつこうとしてきた問い。彼なら答えてくれそうな気がした。煙と共に吐き出した言葉は、
「分からんな。」
と、何とも寂しいものだった。彼は続けた
「その答えを見つけるために生きてきた気もする。」
「見つけられないまま過ぎた人生は・・・」
僕は思う。
無意味な生に希望があるのか、と。
「どうでしたか、満足していますか?」
老人は視線を太古には道標となった星へと向けている。僕もつられて空を見上げた。けれど指標は示されてなどいない。僕はどこに行けば良いのだろうか。
「満足はしている。」
老人は答えた。
「わしには十分過ぎるほどの人生じゃったよ。確かに、生きる意味は見つからなかった。けどなぁ、けど、見つけることはそんなに大事なことなんじゃろか。」
彼は云う。
「見つけようとすることが、一番大切だと、わしは思うがね。」
生の意味の渇望が希望となる、と。


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