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101万ドルの夜景
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101万ドルの夜景-3

 いつもの場所に向かう途中、昨日の少年のことを考えた。妙に達観していた少年だった。
自分のあの年頃を思い出そうとするが、どうも上手くいかない。思い出せることと言えば、
小学一年の作文で「ぼくは、しょうらい、がそりんすたんどではたらくのが夢です。」と
授業参観時に発表したことくらいだった。・・・随分大きな夢だ。
確かにあの頃の僕の目はどこまでも澄んでいたはずだ。
未来に盲目になってしまったのは、いつからだったか。
夢と現実に線を引いたのは、いつだったか。

 その場所に、昨日の少年はいなかった。
代わりに三十代半ばのおじさんが景色を見ていた。二日続けてここで人に会うなんて、
いつの間にこの場所はメジャーになったのだろうか。
「やぁ。」
茶色いスーツをまとった、そのおじさんは僕の方を振り返りもせずに話し掛けてきた。まるで僕がここに来るのを知っていたかのように。
「どうも。」
ぼくはそう答え、残っていたコーヒーを飲み干した。ミルクの後味が、どうも苦手だ。おじさんの背中越しに見る夜景は、いつもと変わらなかった。いつもと変わらなく、綺麗だった。深い暗闇が、街の赤や、オレンジや、青などのネオンを、車のテイルランプを、そしてそれらの光が、深い暗闇を一層際立たせていた。
それらすべてが、おじさん背中に、えもいわれぬ哀愁を与えていた。
それらすべてが、僕の背中を押していた、明日という方向へ。

 ミルクの後味が消えないので、僕はポケットから煙草を取り出した。口にくわえたが、ライターが見つからない。
「そういえば、Super Lightだったな。」
彼はそう言ってジッポを取り出して火をつけた。目で僕に「つけてやるよ」と合図した。
その目がやはり昨日の少年のように澄んでいなかったので、僕は少しがっかりした。
「すいません」
言って僕は、彼のジッポに、くわえた煙草を近づけた。
シルバーで何の絵もロゴも描かれていないシンプルなジッポだ。良い趣味をしている。
彼は自分の煙草にも火をつけた。LARK―― 今の僕にはきつい煙草だ。

柔らかな風が二人を包む。
その風は何処から生まれ、一体どこに向かっているのか。できるなら一緒に連れて行って欲しい、この風が辿り着く地へ。風に溶け合い、あてどのない旅を僕は渇望している。敷かれたレールを無視して。

 「幸せですか?」
夜景を見ながら僕は尋ねた。
唐突な質問に、彼は少しも慌てる素振りを見せない。初対面の人に聞くべき問いでは無かったが、聞かずにはいられなかった。少し間を空けて彼は言った。
「良い暮らしをしているよ。」
彼の背中は大きくて、寂しかった。頭にはうっすら白いものが見えたのは果たして明かりの加減のせいだったであろうか。彼が吐き出す煙には、普段は見せないであろう何かが含まれていた。それは例えば、寂寥感といったものが。
「幸せですか?」
彼の背中を見ながらもう一度、尋ねた。
さっきより少し長めの間を置いて、彼は答えた。
「君が考えているよりは、ね。」
少し意外だった。
その答えを聞いて、僕の背中を押す力が少し強くなった気がした。それ以上、僕と彼との間に言葉のやりとりは無かった。ただ僕たちは煌く夜景を目にしながら、ひとつの灰皿に煙草の灰を落としていた。今日は「コールド」のコーヒーを買ったにもかかわらず、缶は熱を帯びていた。
僕たちは、目の前の光景の中に、何とか自分の光を見出そうとしていた。
不思議な夜は続く。


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