物騒なキツネの魔物-1
国境に立つ要塞で、その狐が発見されたのは、深夜近くの事だった。
全身の毛皮は金色に輝き、尾はすんなりと伸びた形といい、先の純白部分との比率といい、見事としかいいようがない。
そんな狐がひょっこりと、兵士たちの前に現れた。
手負いなのか、右の前足を引き摺っているそれを捕らえようと、兵士たちは我先に手を伸ばした…が、
狐はスルリと身をかわしてしまう。
何度追い詰ても、あざ笑うかのようにギリギリの所で狐は逃げてしまう。
次第に焦れた兵士たちに、気づいた仲間も加わり、いつしか要塞中の人間が、血眼になって狐を追い始めた。
欲と興奮の異様な熱気が高まるにつれて、狐は、少しづつ人間どもを誘導し始めた。
堀を泳いで城を抜け、巧妙に狡猾に、少しずつ、少しずつ…
いつしか、国境を隔てる森の中まで、人々は誘導されていた。
隣国とはもう永い間仲が悪く、国境とされている細い昔の街道では、たびたび揉め事がおこる。
そのため通る旅人も無く、森に埋没し荒れ放題のこの道へ人々は知らぬ間に導かれていた。
カンテラや捕獲道具を振り上げ、真っ赤に高潮した顔で、狐を追いかける。
ちょうど同じ刻、道を隔てた隣国でも、これとまったく同じ事が起こっていたと知ったら、冷静な者は足を止めるだろう。
しかし、それを知る者は一人もおらず、二匹の狐はそれぞれの国の兵たちを順調に誘導し…
ほんの一瞬の間に…決して見失うことのなかった狐が、人々の視界から突然消えた。
正確に言えば一人だけ、若い兵士が奇妙な光景を目にしていた。
生まれつき幽霊やらなにやら、色々妙なものをよく見る彼は、追っていた狐とそっくりの狐が向かいから走ってきて、
溶け合うように両者が一つに重なったのを見たのだ。
はっきりと確認できるほどの時間はなく、彼がそれを口にする前に、もっと深刻な事態が起こり始めていた。
近くにいるのは自国の民だけではなく、何かといがみ合い、憎んできた隣国の兵も混ざっていると、皆が気づき始めたのだ。
そして混乱と戸惑いが広がる前に、狩の興奮が頂点に達していた彼らに、誰かの叫び声が聞こえた。
「殺せ!奴らは侵入者だ!」
惨劇が、始まった。
「ほーらさぁ!簡単っていったろ?俺の圧勝じゃん。もう3ケタ。」
森の上空に浮かび、はるか足元から立ち昇る血の匂いに、テリーは満足気な笑みを浮かべた。
すでに青年の形をとっているが、耳と尾は狐のままだ。
彼の価値観からいえば、これが絶対的な美の黄金比なのである。
テリーはとても、美にうるさい。じっさい今の姿も、鼻筋の通った金髪の美青年だ。
上機嫌の証に、金色の獣耳がピクピクしている。
「ちくしょっ、こーいう手があったかよ」
「あーあ、俺の勝ちだと思ったのに」
金色の眼がもう二組。
テリー含めたこの魔族三人は、「直接は一切攻撃しないで、どんだけ人間を殺せるかゲーム」などと、物騒な暇潰しをしていたのだ。
勿論、城塞に現れた狐はテリーが変化したもの。
心理操作や煽動は、変化の次にテリーの得意分野だ。
方向感覚など無きに等しい夜の森で、どちらが侵入者なのか、正確にわかる者などいない。
それでも興奮しきっていた人間どもは、あのたった一言を都合よく解釈し、自分が正義だといわんばかりに攻撃をはじめた。
その様は滑稽で、十分侮蔑に値して、いつもどおりあの高揚を…復讐にも似た恍惚感を味あわせてくれる。
テリーは人間が大嫌いだ。群れてるヤツらは特に。
人間は遠い千年も昔、テリーたち魔族を作り出した。正確に言えば、作り出したのは、当時の魔法使いたちだ。
不治の伝染病に苦しんでいた彼等は、死を克服しようと、不死身の魔族を作り出した。
だが、自分たちの身体を不死身にする前に、虐げられていた非魔法使いによる反乱で滅んでしまったのだ。
そしてテリー達は研究所から自由になったが、忌まわしい魔法使いの産物…バケモノとして忌み嫌われるようになった。
まったく、作って殺して作って殺して……勝手なヤツらだ。
そんなら俺たちだって、好き勝手にお前らを弄んでやる。
…それが、テリーたち魔族の言い分だ。
今夜の死者は、すでに200を越え、これからもっと増えるだろう。
とはいえ、テリーがもし思う存分に攻撃していたら、国一つ消すのも朝飯前だ。
他の二人にしても同じ事で、こんな回りくどい事をしているのも、単に退屈で何か変わった趣向が欲しかった、というに過ぎない。
永遠を生きる退屈しのぎに、人間ほど面白い玩具はない。
簡単に滅ぼしてたまるか。