嫉妬と欲望と-1
結局、岡田は斎藤たちと合流予定のホテルまでは同行せず、少し離れた場所でエリナを降ろし、タクシーに乗り替えさせた。雨はしとしとと降り続いている。風が木々を揺らすたびに、大粒の雫がぼたぼたと地面に落ちていく。
「まあ、大丈夫だとは思うが、僕とのことをエリナの恋人が疑わないとも限らないだろう。そんなくだらないことで君を怒らせたくはないからね」
明らかに多すぎるタクシー代をエリナに握らせながら、岡田は笑った。銀縁眼鏡の奥の瞳が柔和に細められる。こういうときに聞き分けの良い年上の男は本当に魅力的だと思う。しがみついたからといって、欲しいものが手に入るわけではないのだ。余裕を持ってわがままを許してくれる度量、それが無い男とは長く関係を続けることができない。
「ありがとう。また連絡するわ」
「ああ、僕は適当にホテルの周辺を流しておく。何かあれば遠慮なく連絡しておいで。山本さんも夜には動きが取りやすくなるだろうから」
岡田に手を振って別れ、運転手に行き先を告げると、年老いた運転手は「いまどき珍しい、仲の良い父娘だね」と感心したようにつぶやき、エリナはにっこりと微笑んでそれに応えた。父娘。他人からはそう見えるのかと思うと、面白いような、くすぐったいような、少し不思議な気持ちになった。
待ち合わせ場所のホテルには10分程度で到着した。似たような規模のホテルがいくつか並び、明日のレースの関係かどこの駐車場にもバイクや車がいっぱいだった。ホテルの名前を確かめてフロントへ行くと、待ちかねたようにトオルが飛んできた。にっこりと笑いながら片手でホテルの鍵をシャラシャラと鳴らす。
「やあ! 待ってたんだ。斎藤はまだ打ち合わせで戻っていないよ。もしエリ……いや、加藤さんが来たら先に部屋に案内してやってほしいって頼まれててさ」
「そう、ありがとう」
ロビーに残っていた仲間たちには、斎藤の連れであるということを簡単にトオルが説明してくれた。飲み会のときには見なかったメンバーも多い。エリナは如才なく笑顔を振りまき、挨拶を済ませてから部屋へと向かった。