嫉妬と欲望と-3
コンコン、とドアをノックする音がトオルの言葉をさえぎった。あわててトオルが体を離す。エリナはベッドから起き上がり、照明を点灯させ、落ちついた様子でドアを開けた。斎藤が頭をかきながら陽気な顔をのぞかせる。
「ごめんな、打ち合わせが長引いて遅くなっちゃって。ああ、トオル! ありがとな、エリナを部屋まで連れてきてくれたんだろ? 助かったよ」
トオルはさっきまでの激しい感情をきれいに隠し、いつもの涼やかな笑みを浮かべて斎藤の肩をぽんぽんと叩いた。
「あはは、いいよ、それくらい。隣の部屋だから、また何かあれば呼んでくれればいい。じゃ、そろそろ晩飯の時間だな。先に食堂で待ってるから」
「俺たちもすぐ行く。エリナ、ここの晩飯すげえ美味いんだ。きっと気に入ると思うよ」
「そう、楽しみだわ」
エリナが斎藤の手を軽く握ると、まるでなにかのスイッチが入ったように斎藤の顔は耳まで赤く染まった。それでも、その手を強く握り返してくるようになったところは、この1カ月で大きく進歩したところだと思う。トオルはそんなふたりの様子にくるりと背を向け、先に部屋を出て階段を駆け下りていった。
ホテルは全体的に古めかしい雰囲気が漂い、よく見ると廊下に敷かれた灰色のじゅうたんにも、黄色くヤニのこびりついた壁にも、あちこちにくすんだような染みが浮き出している。階段を下りると、一段ごとにギシギシと音が鳴った。照明は古いデザインのランプ型のものが点々と取りつけられている。ほの暗い照明に照らされた空間。食堂までのわずかな距離をふたりでゆっくりと歩いた。
「あのさ、エリナ。もし疲れていなかったら、晩飯の後にちょっと散歩に出てみないか? 俺、連れて行きたい場所があるんだ」
エリナと繋いでいない方の手の指先で鼻の頭をかきながら、斎藤が怒ったような、照れたような表情で言った。
「別にかまわないわ。でも外は雨が……」
「雨、もうほとんど降って無かったよ。後で、もしも雲が晴れて月がきれいに出ていたら、すごく景色の良いところがあってさ。どうしても、その、エリナを連れて行きたいから。それに、名物の温泉もその近くにあるんだ。せっかくここまで来たんだから、ホテルの狭い風呂じゃなくて、気持ちいい温泉に行ったほうがいいかなって」