私の死神様。-1
朝、目を覚ますと部屋の片隅に死神がいた。
「きゃああああ!!」
京子は大慌てで部屋をとびだして階段を下りた。
「お母さん!あ、あたしの部屋に変な人がいる!!!」
「何よ、朝から騒々しいわね。」
母が京子の部屋をのぞいてみた。しかし、
「誰もいないじゃない、夢でも見たんじゃないの?」
「い、いるじゃない、ほらそこ、あの隅っこに黒い服着たおじいさんが。」
「・・・あんたねえ、どっかに頭ぶつけたんじゃないの?」
母はそういうとスタスタと行ってしまった。京子はもう一度部屋のほうをふりかえってみた。やはりいる、全身黒ずくめの老人が部屋の片隅に。
「女、わしが見えるのか?」
もう一度母を呼びに行こうとする京子を老人の大きな鎌がさえぎった。老人の低い声が、その容姿からにじみ出る恐怖をよりいっそう引き立てた。
「あ、や、やめて、こ、殺さないで。」
京子は泣きそうになりながらやっと声を出した。すると老人は鎌をひっこめて、また部屋の片隅に座り込んでしまった。深くかぶったフードの奥から赤く光る目がまだ京子のほうをにらんでいる。京子は勇気を振り絞って老人に尋ねた。
「あの、あなたは誰?あたしの部屋でなにしてるの?」
「わしは死神じゃ。」
そんな気はしていたが、やはり本人の口から『死神』と言われると、その容貌も手伝ってか、妙に信憑性がある。しかし不思議と殺気のようなものは感じられなかった。
「あたしを、こ、殺しに来たの?」
震える声でたずねると、老人がゆっくりと答えた。
「おぬしの心はもう弱りきっておる。死にたいのだろう?」
老人の口元がニヤリとほころんだ。
「え、そんなわけないでしょ!」
京子は精一杯強がった。実際、老人の言っていることは当たっていた。高校を卒業してもう5年近くになるが、京子は卒業しても進学も就職もせず、毎日
ほとんど家から出ず、部屋の中ですごし続けた。つまり引きこもりだった。そんな京子にはじめのうちは優しくしてくれた家族も弟の就職をきっかけに、次第に冷たく当たるようになった。京子の心は、文字通り死にたくなるほど弱りきっているのは事実であった。
京子は老人のほうをちらっと見て言った。
「あなた本当に死神なの?」
「いかにも。」
しばらく沈黙すると、京子は決意したように言った。
「あたしを・・・楽に死なせてくれる?」
「無論じゃ。」
うなずきながら老人が答えた。
「じゃあ・・・あたしを、こ、殺して。」
「うむ。」
あっさりとそう答えると老人は大きな鎌を振り上げた。そして京子めがけて鎌を振り下ろそうとした瞬間、
「ま、まって!!やっぱりだめえ!!!」
京子が叫んだ。彼女の中で死に対する恐怖が一気に噴き出したのだった。
「おぬし、どっちなのだ。死にたいのか死にたくないのかはっきりせんか。」
老人は鎌をおさめるとため息をついた。
京子はしばらく黙ったまま老人を見つめていたが、次第に目頭が熱くなり、とうとう泣き出してしまった。死神に対する恐怖や死を受け入れることの悲しさなどが京子の中で複雑に絡み合って、やがて耐え切れなくなり、京子はまるで子供のように大声で泣いた。
さっきまでいた両親は二人とももう仕事に行ってしまっていて、家の中は閑散としていた。その中で京子の泣き声だけが響きわたった。
「おお、わ、わかった、殺さぬ、殺さぬから落ち着くんじゃ。」
老人は京子の予想外の態度に動揺し、ただオロオロするばかりでなんとか京子を落ち着かせようと必死だった。その様子はまるで孫娘をあやすおじいさんといった感じだった。
「えぐ、えぐ、だって、これでもう死んじゃうと思ったら悲しくなってきて、あたしまだ楽しいことなんにも経験してないのに。」
「おぬしはわしにどうしてほしいのじゃ?」
またため息をついて老人が言った。その表情には、先ほど京子の魂を奪おうとした死神の恐ろしさは微塵も感じられなかった。
「うう、えぐ、まだ死にたくない。」
老人の人のよさそうな態度に京子の抱いていた恐怖心も次第に薄れてきた。
「ならなぜわしを呼び出したのじゃ?」
老人はあきれたように京子に言った。
「え!?呼び出した?あたしが?」
「左様。」
そういって老人は机の方を指差した。その尖った爪の先には、黒地に赤い文字で『黒魔術』と書かれた手帳ほどの大きさの、いかにも怪しげな本があった。