私の死神様。-4
その日、たまたま訪れた公園で彼はこの世のものではない、なにかとてつもなくまがまがしい気配が近づいてくるのを感じ、とっさにベンチのそばの木に身を潜めていた。そこへ京子とアニスがやってきた。太木はアニスのすがたと邪悪な気を感じ、すぐにそれがあのまがまがしい気配の正体だと悟った。
太木は、立ち上がって公園を後にしようとする京子の背後からそっと近づいて話しかけた。
「お待ちなさい!」
京子は突然聞こえた男のひくい声に驚きながらも、振り向いてその姿を確認した。目の前には京子よりもふたまわりも大きな体をした、背広姿の短髪の男性が立ちはだかる。
「え!?・・・なにか?」
それが太木だと気づくまでに少し時間がかかった。しかしそんな京子のことはおかまいなしに、太木の視線はアニスのほうへ向けられていた。
太木にはアニスの姿が見えていたのだ。
「おまえは何者だ!?」
アニスに臆することなく太木が言い放った。
「アニスさん、逃げて!!!」
京子が叫んだ。太木の雰囲気から彼にアニスが見えていることがうかがえた。そして、アニスに対して友好的でないことも。直感的に彼が危険な存在であることを悟った。
「ぬう!?」
突然のことに驚きを隠せないまま、アニスはあわてて身を翻した。
「まて!」
太木は逃げようとするアニスに向かって、もごもごと口元でなにかをつぶやくように唱えた。その瞬間、宙に浮いていたアニスの体が地面に落ち、そのまま叩きつけられたように倒れこんでしまった。
「きゃあああ!アニスさん、しっかりして!」
駆け寄る京子をよそに、太木がアニスを追い詰める。そしてまた、何かもごもごとつぶやき始めた。
「逃げましょう、アニスさん。」
しかしアニスは倒れこんだまま、一歩も動けなかった。太木が結界を張ったのだ。
「悪魔め、覚悟しろ!」
アニスの表情が苦痛にゆがむ。なおも太木はアニスを追い詰める。
いつの間にか、京子たちを囲むように周囲には人垣ができていた。
「なんだ?映画の撮影か?」
「あのじいさん何?コスプレでもしてんのか?」
群集の声が京子の耳にも入ってきた。
「どうして!?アニスさんが見えるの?」
太木がにやりと笑う。
「結界の中にいる限り、そいつのいかなる能力も抑制される。」
太木は群集のほうを振り向くと、大声で叫んだ。
「皆さん、ここにいる老人は悪魔です。悪魔がわれわれの生活を脅かしにきたのです。」
群集はいっせいにどよめいた。
「悪魔だって?そんなもんいるわけないだろ。」
「でも見てみろよ、あの格好、それに目だって赤く光ってて不気味だぜ。」
半信半疑だった人々も、徐々に太木の言葉を信じ始めていった。アニスの鋭い目つき、赤く不気味に光る瞳、口元から覗く牙、眉間のしわ、そして額に生えた5センチ程の二本の角、それらはどれをとっても人々を畏怖させるのに事欠かない代物だった。やがてアニスの風貌に恐怖の念を抱くようになり、人々は口々に彼をののしり始めた。そして誰かが投げた石ころを皮切りに、人々はいっせいに攻撃を開始した。死神を恐れるあまり近づくものはいなかったが、投げつけられた石やら木の枝などには明かに殺意がこめられている事を、京子とアニスはその身に感じた。
「悪魔を殺せ!悪魔を許すな!」
人々の叫びが、京子の涙の訴えさえかき消す。
ともすると人の心をかき乱しかねない宗教というものの信者に、一体いつからこれほど多くの人々がなったのだろうか。アニスを攻撃するその力は、信仰というほど崇高なものなどではなかった。目の前にいる立場の弱い存在、そしてそれを好きにしてよい、なおかつそうすることで自分は正義と賞賛される。それは人の決して満たされることの無い虚栄心や自尊心、自己顕示欲など、その他ありとあらゆる愚かな欲望をわずかに満足させる。そのわずかな満足を求めて、人は幼く醜い表情でアニスを憎む。決してそこには、本当の憎しみを持つものなどいない。しかし人々は、彼を罵倒する。アニスに向かって投げつけられる石ころの正体、それはあろうことかかつて京子を苦しめたあの連中が持つ感情と同じものだった。