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私の死神様。
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私の死神様。-5

 やがて群衆の中の一人が、アニスに棒切れで殴りかかった。その行いは、彼の正義を満足させる。愚かな自己顕示欲が生み出した『認められたい』正義の心は、死神の恐怖さえ凌駕した。
「やめて!この人はわるいひとじゃないわ。」
「うるさい、おまえもこいつの仲間か?」
男は京子を突き飛ばし、持っていた武器を足元に転がっていた鉄パイプに持ち替え、京子に殴りかかった。
「くたばれ、悪魔め!!」
そのとき、うずくまる京子の耳にはっきりと鈍い音が聞こえた。結界の中で身動きがとれないはずのアニスが、その身を盾にして京子を護ったのだ。男の鉄パイプはアニスの額を捕らえ、アニスは額から緑色の血を流し、無残にその場に崩れ落ちた。
「アニスさん、しっかりして!」
「な、なに、この程度の傷、なんてこと無い。」
しかし苦悶の表情を浮かべ、息を荒げるその姿からは、それは強がり以外の何物でもないことが容易にうかがえた。
「みろ!緑色の血だ。やっぱりこいつは悪魔だ!!!」
人々の絶え間ない罵声の中、アニスはじっと京子の目を見つめた。今まさに、彼の最後の言葉が発せられる、そう京子は直感した。
「京子殿・・・逃げるのじゃ。このままわしといたら・・そなたまで狙われる。逃げて、そして『死神にたぶらかされていた』と言うのじゃ。わしの・・仲間などと・・思われぬように・・・」
「できるわけ無いでしょ!馬鹿いわないで!!!」
「・・・最後に、そなたのような人間に会えて・・・よかった。・・そなたは・・・もう強い心を持っておる。そなたは・・・生きるのじゃ。なにが・・あって・・・も・・・」
京子の腕の中で最後にそうつぶやくと、アニスの姿は次第に灰になってゆき、やがて風に消えた。
「まだ・・・お礼も言ってないのに・・・アニ・・ス・・さん・・・。」
胸にしっかりと抱いていたアニスのぬくもりが、冬の風に奪われてゆく。
 群集は歓喜の声を上げて、死神の死を祝った。そのいたいけな死神の犠牲と引き換えに、人々は自分達の有るか無しかの誇りを満足させた。
もし結界が張られていなくとも、彼は抵抗しなかっただろう。死神が人間とともに暮らす、その意味を彼はよく理解していた。それを覚悟で、彼は京子と暮らすことを選んだ。生あるものすべてから忌み嫌われる死神という存在を、京子は拒むことなくやさしく迎えてくれた、そのたった一つの事実が、彼にはうれしかった。
 悲しみにうなだれる京子に、太木がそっと近づく。
「さあ、もう大丈夫ですよ。あなたにとり憑いていた悪は滅びました。」
「・・・・」
「あなたはあの悪魔にたぶらかされていただけなのです。さあ、顔をお上げなさい。」
「・・・アニスさんは・・・・アニスさんは悪なんかじゃない。アニスさんはあたしの大切な友達だったのよ!!」
「どうやらまだ目が覚めていないようですね。今日からは神を友として生きるのです。主はきっとあなたを」
そう太木が言いかけたとき、京子の怒りが爆発した。
「神様なんて、あたしがつらかったとき何もしてくれなかったじゃない!」
「なっ!つらいときだけ信じるから助けてくれなどというつまみ食いのような信仰では虫が良すぎます。大きな信頼の下に神は存在するのです。」
「信じてなかったわよ、神も死神も!でもアニスさんは無条件であたしを受け入れてくれた。一緒にいて楽しいから、ただそれだけであたしを受け入れくれた。信頼しないと助けてくれない神様なんかよりアニスさんのほうが何倍も素敵よ!!!」
京子は叫んだ。人々からどれだけ罵声を浴びせられても叫び続けた。石を投げつけられ、突き飛ばされ、蹴飛ばされても彼女は決して負けなかった。やがてそんな彼女に人々は愛想をつかせ、一人、また一人とその場を離れていった。
結局、何を信仰するかは各人の自由なのである。その場にいた人々も京子の精神の自由を束縛する権利などないし、またその気も無い。彼女に『必要悪』という存在意義を押し付け、人々は去っていった。自分の正義を確立するための、彼女の存在。人々の表情は恐ろしく醜かった。


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