富子淫情-6
「・・・まだ、名を聞いておりませんでしたね」
「賀茂右近と申します。主人兼良より、嵐山別荘の雑務と警護を任せられております。」
右近と名乗った家人は、そう言って再び頭を下げた。
「・・・時に右近殿。こちらの別荘には風呂はありますか?」
「・・・風呂、でございますか?」
一時の空白の間の後、
富子が発した言葉に対して右近は顔を上げつつ、一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「先程の通り雨で着物と身体が濡れてしまいました。
今から将軍御所に帰っても風邪をひいてしまうでしょう。
もし こちらに手頃な風呂と適当な部屋があれば、
明日まで身体を温め、着物も一晩乾かしたいと思うのですが」
富子の口から、ここに来るまでに考えていなかった言葉が流れるように出てくる。
それもこれも、
目の前にいる右近の顔を見て思い付いたせいなのか。富子自身が正直驚くほどだった。
無意識のうちに、“何か"を期待しているためなのか―――
一方の右近は、富子の申し出に驚いた風だったが、
素早く表情を引き締めると得心したように頷いた。
「御意承りました。ここには特別にしつらえた檜の浴槽と浴室がございます。
また離れにも部屋がございますので、
こちらについても早速準備させまする」
富子は満足そうに頷くと、後ろに従う供の1人に
今夜は一条家の別荘に泊まる故御所には帰らぬ旨を伝え、御所に向かって発たせた。
それを見送った富子は侍女や供回りと共に、
右近の先導で別荘の門をくぐったのである――――