太一_はじまりの話-3
『朱里、もう帰ンの?』
「ん。もう皆騒いでるだけみたいだし」
三月一日、卒業式。制服を着る最後の日。
式もホームルームも終わり解散ということにはなったが、寄せ書きやら記念撮影やら、何かと理由をつけて担任すらも教室を出ようとはしない。そんな中、こんな日でもマイペースにブレのない朱里はいち早く昇降口へ向かった。
…まぁ。それを予想してちらちら朱里の様子を伺っていたからこそ、俺も帰る準備万端で昇降口にいるんだけど。
「出てきちゃっていいの、人気者の渡邊クン?」
『…イイ加減それやめろ、ばか。』
「っはは!ノスタルジックでいいじゃん。」
“人気者の渡邊クン”に“孤高の相田サン”。
高ニの時にふざけて互いに名づけた、皮肉たっぷりの一時期の呼び名だ。確かに懐かしい。
(あの頃から朱里はバリアフリーな笑顔を見せるようになったんだっけ。)
奥歯まで見えるくらいに口を大きく横に広げて眉を寄せ、いたずらが成功した子供みたいに無邪気に笑う彼女。普段の大人びた知的な印象とはギャップがありすぎて、その笑顔に慣れるまではしばらく目がチカチカしたのをよく覚えている。
「帰ろっか、太一。」
『ん。―――って朱里、上靴置いてくなよ。』
「あ、忘れてた。卒業だっけか。」
『っはは!ばーか。』
卒業証書の入った筒を無造作に肩にポンポンと当てて朱里が笑った。眉間と鼻の間に皺を寄せて、下品に。無邪気に。
校門まで歩いたところで踵を返した。前面に、朱里と出会って笑った箱庭。ここに通うことはもうなくなるし、毎日コイツのくしゃくしゃな笑顔を見るのも今日が最後なんだ。そう思うと、ガラにもなく感傷的な気もちになる。
……告わなきゃ、いま。
『……朱里。』
「ん?」
俺より数歩進んだところで同じように振り返って校舎を見上げていた朱里が、俺の言葉に反応して真っ直ぐな視線を少しだけ下げる。
俺達の住む地域はまだ雪がたくさん残っていて、桜の木なんて花びらどころか葉もついていない。それでも今日は太陽が出ていて暖かい方だったが、朱里の耳や膝こぞうは早くも寒さで赤く染まっていた。風に揺られてなびく朱里の髪が、日光できらきらとまぶしく輝いてよく見れない。
すぐに言葉の続きが出てこない俺に対して、朱里の表情に少しだけ怪訝な色が出た。