F-2
「礼ッ!」
掛け声と共に、子供逹は雛子へ、雛子は子供逹に一礼する。
「着席ッ!」
椅子に腰掛けると、ようやく子供逹の表情が緩んだ。
「みんな、田植え休みも終わって、今日からまた勉強していきましょう……」
短い挨拶が終わり、林田の説明に移ろうとした時、子供逹が騒がしくなった。
「みんな、静かに……!」
異様さを察知した雛子は、子供逹の、視線の先を目で追った。すると、廊下側の窓向こうから、林田が教室の中を窺っているではないか。
(もう!なんで、大人しく待ってられないの)
大が、子供逹を代表するように訊いた。
「せ、先生。彼処の人って、さっき講堂の上にいた……林田先生か?」
余りの子供っぽい行動に呆れてしまう雛子だが、とりあえず事態を収拾せねばという責任感が先立つ。
「──みんな、静かに!」
手を叩いて子供逹に注意を促すと、騒がしかった教室が波を打った様に静まり返った。
こうなっては仕方がない。中に入れて説明するのが得策だと雛子は思った。
「林田先生。どうぞ」
扉向こうに声を掛けた。
がらがらと扉が開き、わずかに遅れて、雛子より頭ひとつ大きな身体が教室に入ってきた。
「みんな。林田先生は、今日から私と一緒にこの学級を受け持つ事になりました」
今度は、ひそひそ声が教室を覆った。
男の先生とあって子供逹も、少し緊張した面持ちで様子を窺っている。
「それでは先生。お願いします」
雛子が、挨拶を促して教室の隅へと退いた。林田は一礼して教壇の前に立ち、くるりと黒板の方を向いた。
黒板下の引き出しから白墨を取り出して、縦いっぱいに自分の名前を書き出すと、子供逹の方を向いた。
「今日から、河野先生の補助として、この学級を受け持つ事になりました。林田純一郎です。
此処に来る前は、東京の〇〇という小学校で教えていました……」
傍らから林田を見つめ、雛子は感心した。
人懐っこい顔で語る様は、まるで子供逹に話し掛けているようで、それでいて妙に媚びてはいない。生徒を個々の人間として見ている。
それは、先の哲也との出来事でも明白だった。