忌まわしい記憶-1
6月の第二土曜日。朝から灰色の雲が立ち込め、すっきりとしない空模様だった。斎藤やトオルたちは早朝から現地で準備と練習に励むと言っていたから、今頃は自慢のバイクで泥にまみれて走りまわっているのだろうか。エリナはカーテンの隙間から曇り空を見上げ、一度だけバイクを見せに来た斎藤の得意げな顔を思い出して小さく笑った。
細身でややシート位置の高い、鮮やかなライムグリーンのバイク。それに乗って舗装されていない山道を駆け抜け、岩場を飛び越え、全身に風を浴びながら走ることがどんなに素晴らしいかを熱く語る、あの表情。
相変わらず話の内容にはまったく興味を持てなかったが、夢中になって何かを語る斎藤はそれなりに魅力的に思えた。あのおしゃべりな唇は、あの舌は、この肌に触れたときにどういう働きを見せてくれるのだろう。おそらくは今夜訪れるはずのその瞬間に、エリナの期待は膨らんでいた。
午前11時を過ぎたところで玄関のチャイムが鳴らされ、約束の時間通りに岡田が迎えに来た。白いポロシャツにチノパンのラフな服装。何を着てもだらしなく見えないのがこの男の良さのひとつだ、とエリナは思っていた。白い歯を見せて岡田が微笑む。
「おはよう。さあどうぞ、お姫様」
「なあに? 楽しいことでもあったの?」
助手席のドアを開けうやうやしく頭を下げながら、岡田は楽しげに答えた。
「あはは、集合場所に行くのは夜になってからでいいんだろう?それまでエリナとデートできるのかと思うと嬉しくてね」
「いつだって会えるのに?」
「会ってセックスするだけじゃない時間は貴重だよ。さあ、行こうか。少し寄り道したいところもあるんだ」
バン、と重厚な音がしてドアが閉まる。シートの濃厚な皮の匂いに包まれる。今日の車もおそらく購入して間もないものだろう。エリナの知る限り、岡田は何台もの外国製の車を所有している。どれも新しく、ボディは常に磨き抜かれて輝いていた。岡田の数少ない趣味なのだそうだ。
「男の人って、乗り物が好きなのね」
流れる景色に目をやりながら、エリナが呟くと、岡田は片手をエリナのひざに置いて柔らかに笑った。