「こんな日は部屋を出ようよ」後編-9
「簡単だよ」
僕は思わず、テーブルから身を乗り出してルリの手を取った。
柔らかな指先。しかし、意外にも冷たさが僕の指先に残った。
「この蓋を開けて、ここを擦るだけだよ」
彼女は言われた通りに動かす。
「本当に……簡単」
そう、生意気そうな口を利くと、煙草に火を点けた。
「蓋して、火を消して」
「えっ!……そんなの出来ないわよ」
ルリは、炎の上がっているままのライターを自分から遠ざける。
確かに、親指を離せば消えるライターと違って、炎に蓋を被せるには馴れが必要かも知れない。
「まったく……」
テーブルの中央で、ライターが無用な炎を上げていた。
「キャンドルみたい……」
「そんな良い物じゃないよ」
僕は、苛立ちを隠し切れずに蓋を閉めた。
「何、怒ってるんです?」
不思議そうに理由を訊ねられた時、鬱積していたものが口を吐いて出てしまった。
「長い時間、火が点いたままだと、熱が伝わってライター自体が熱くなるんだ」
「わたしが悪いの?教わってもいないのに」
「煙草は火を伴う物だ。ライターも扱えないのなら、喫いたいなんて思っちゃ駄目だ」
自分でも理屈の合わない叱り方だと解っている。が、このまま、煙草に執着し続けるのを見過ごす訳にはいかなかった。
そんな思いも、今のルリには届かない。
「それなら大丈夫……」
そう言うと、意外な言葉を口走った。
「──ナオちゃん以外とは喫わないから」
どういうつもりで言ったのか、意味が解らない。
「それは、これからも喫うつもりということなのか?」
僕の問いかけに、ルリは黙ったまま。代わりに見せた含み笑いは、如実に答えを物語っている。
「冗談じゃない!未成年にずっと喫わせるなんて、そんな道義のないことを出来る訳ないだろう」
僕は嫌だ。無垢だったルリが、煙草に毒されていくのをずっと見るなんて耐えられない。
「じゃあ……何で、わたしの願いを聞き入れたの?」
再び見せた冷然とした態度。僕は知らぬうちに、息を呑んだ。
「わたしが何度、煙草を欲しがっても断ればよかった。未成年だからでも、女の子だからでもいい、突っ張ねればよかった」
「それは……」
「でも、貴方はそれをしなかった。憐れむように、わたしに煙草を恵んだ。
そして、初めて喫って苦しんでいるわたしを、好奇の目で見て楽しんでいたのよ」
ルリが放った言葉に、僕は身体中の血が逆流し、全身が粟立つ感覚に襲われた。