「こんな日は部屋を出ようよ」後編-8
「……どうですか?」
リビングに戻って来た僕にルリが言った。ちょうど、サンドイッチをひとつ食べ終わっていた。
「ああ。良く出来てる……満点じゃないかな」
「本当ですか?」
無邪気に目を輝かせる様に、僕の心は揺れた──今なら、謝罪を受け入れてくれるかも知れないと。
「あの、ルリちゃん」
緊張が全身に疾る。
「き、昨日は言いそびれたけど……先週、君を疵つけることを言ってしまった。本当にごめんなさい」
ようやく、目の前で直接謝罪できた安堵に、僕は自然と頭を下げていた。
僕はルリの反応を待った。五秒、十秒と時間は過ぎていくが、聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
「……分かりました」
やっと彼女の声が聞こえたのは、随分と経ってのことだった。
「条件付きで許してあげます」
「条件付き?」
さっきまでと違う冷然とした声──いやな予感。
「わたしに煙草を下さい」
「ルリちゃん……」
──謝罪をのむ換わりに煙草を要求する?
僕には、彼女が如何なる論理を経て、こんな結論を得たのか見当もつかない。
「昨日、あんな目に遭って、まだ喫いたいと言うのかい?」
「わたしも昨日、言いましたよね。自分のことを棚に上げて諭されても無駄だって」
「こんな問答をしても駄目だ。君は何より未成年なんだ、僕は、従兄としてこれ以上、煙草を与えるわけにはいかない」
「わたしはわたしよ、誰の影響も受けない。自分もコントロール出来ずに、人を疵つける言動を平気でする人間に、とやかく言われる謂われはないわ!」
まるで噛み合わない問答。
しかし、何故か、心の中で楽しんでいる僕がいた。
必死に持論を展開するルリの生意気さに、何時の間にか心躍らせていた。
「分かったよ!一本でいいんだろ」
それに、口では駄目だと言いつつも、心の奥底では、昨日、彼女が見せた背徳的な光景を再び望んでいる。
だからこそ、僕はコンビニでキツい煙草を購入したのだ。
「ほら……」
「昨日のと、違う銘柄ですね」
「ああ……ちょっと変えたんだ」
新品の煙草の封を切って、テーブルの上に置いた。ルリは箱の中から一本抜き取り、しげしげと眺めたり、香りを嗅いだりと、昨日より余裕らしき物を見せている。
その仕種のひとつ々に、僕は目を凝らしていた。
「どうせなら、自分で点けてみるといい」
言われるままにライターを取ったが、困惑気味な顔で眺めている。
「どうやるんですか?」
オイルライター。普通より小ぶりなのが僕のお気に入りだ。