「こんな日は部屋を出ようよ」後編-7
五月晴れで爽やかだった天候も、授業を終えて帰宅する頃になると、雲が空をすっかり覆ってしまい、湿気た微風が吹いている。
「あれ?」
黄昏には、まだ間がある時刻。我が家まで、あと数十メートルの距離。見れば誰かが、玄関を背にして座っている。
目を凝らすまでもなく、ルリだった。
僕は駆け寄って行った。
「ルリちゃん、何しに来たの?」
真っ先に髪留めの件が思い浮かんだが、そうではなかった。
「……今日、数学の試験だったから、おさらいしたくて」
「おさらいって……何時から待ってたの?」
「お昼前に……」
「お昼って……昼食は?」
問いかけにルリは、力ない顔を黙って横に振った。
「とにかく、上がって!」
僕は、急いで家へと上げた。
昨日の今日というのが少し気掛かりだったが、こんな場所でずっと待っていたことに、いじらしく思えた。
「これ飲んで待っててよ!」
彼女をリビングに残し、僕は家を出た。何か食べる物を与えねばと、最寄りのコンビニへと駆け込んだ。
好みなんか分からない。サンドイッチを数点と飲み物を適当に。必要な物を手早くカゴに入れてレジへと歩み寄った時、煙草の棚が目に入った。
「すいません。あれもひとつ」
僕は思わず、何時も吸っている物より、かなりキツい煙草を買っていた。
「ただいま!」
リビングでは、テーブルの前にペタリと座り込んだルリが、鞄から筆記具を取り出してノートに何やら書いていた。
(なんだ……?)
見れば、数時間前に受けた試験問題を思い浮かべ、ノートに書き写しては問題を解いていた。
僕は、邪魔しないようダイニングへと場所を移動した。
「これで、全部だと思います」
しばらく待っていると、ルリがノートを持って近づいてきた。
「ありがとう。ちょっと精査するから、これ食べて待ってて」
ノートを受け取った僕は、コンビニの袋ごと彼女に渡した。
「これ……」
「お昼まだだろ?好きなの食べてて」
「ありがとうございます」
ルリは、やや表情を緩めて素直に受け取ると、リビングの方へと戻って行った。
問題の解答は、文句のつけようがない位の出来だった。
僕のせいで、一週間は自主勉強をせざるを得なかったのに、努力の跡を窺わせる内容だったことが、自分の中にある贖いの心を疼かせた。