「こんな日は部屋を出ようよ」後編-3
「どうだい?願いが叶った感想は」
つい、皮肉混じりの言葉が口をついた。ルリは、視線だけをこちらに向けている。
「これで解っただろう。こんな馬鹿げた事を、僕は毎日、十何回も繰り返している。
しかも、これが無いと普段の自分を保つことが出来ないんだ。情けないだろ?」
僕は、自分を卑下せずにはいられなかった。
彼女が煙草を求めた理由が何かは知らないが、僕以外で彼女の周りに喫煙者がいない事を考えれば、影響を与えてしまったのは僕だ。
その僕自身が、害悪だと知っているにも関わらず、辞められずに喫い続けているような意志の弱い人間だ。
自己矛盾だと解っていながら、もう一方では強引な論理を繰り返して、行動の整合的を導くような卑怯者だ。
こんな人間が、彼女の為になるはずもない。
「……じゃあ、辞めればいいのに」
ようやく体調も治まったのか、ルリは身体を起こした。
僕の心情を察したように、意見を発した。
「辞められないんだよ……」
「自分は辞められないのに、わたしには吸うなみたいな。それ、おかしくないですか?」
その口調は今までない程に強く、耳にした僕は、正直たじろいだ。
「努力もしないで……!」
続きを言い掛けたところで言葉は途切れた。ドアフォンが、叔母の到着を知らせたのだ。
「ごめんね!ナオッ」
「気にしないで」
僕とルリは、玄関口で叔母を出迎えた。
上がるように勧めるが、叔母は「用事があるから」と、すぐに連れて帰ると言う。
「あら?」
靴を履こうとしたルリに、叔母は何か異変に気づいたのか、髪の毛に顔を近付けた。
「ルリ。あなた何か、煙草臭いわね?」
僕は言葉を失った。
咄嗟の事で、上手い言い訳が思い浮かばない。
そんな状況下でルリときたら、
「リビングで、ナオちゃんと一緒だったからじゃない」
平然と嘘をでっち上げる始末。
僕はおそらく、唖然とした顔をしていただろう。それ程の驚きだ。
「ありがとうございました」
二人は帰って行った。
リビングに残されたのは、灰皿の吸い殻とびしょびしょに濡れた手紙。
(お礼って言ってたな)
早速、読もうと開封しようとするが、芯まで濡れた封筒から便箋を取り出すのは至難の技だ。
(そうっと、そうっと……)
何とか、破損させずに便箋を取り出したが、書かれた文字は滲んで流れ、もはや解読出来る代物でなかった。
人間、読めないとなると、どんな内容だったのかを尚更知りたくなるものだが、たった今、反発を露わにしたルリに聞いたところで、素直に教えてはくれないだろう。
「どうした物かなあ」
とりあえず、窓にでも貼って乾かせば、筆圧から文字が解るかも知れない。今はその可能性に賭けてみよう。
(それにしても……)
あそこで見せた反発。あれは一体、何の表れだったのか。
煙草への執着を諦めさせようとした途端、僕のいい加減さを厳しく突いてくるなんて。
大体、僕に何を期待しているんだろう。
僕が清廉潔白とは程遠い人間だという事は、彼女だってとっくに判っているはずだし、今更、それを望まれても無理な話だ。
それに、こんな性格だからこそ、僕を頼れば願いが叶うと思ったんじゃないのか。