「こんな日は部屋を出ようよ」後編-16
「一度目は七年前。貴方にね。そして、二度目は……」
「ち、ちょっと待ってくれ!七年前って、僕が来なくなったことを言ってるのか?」
「そうです。実の兄のように慕っていた人が、ある日突然、いなくなって……」
声が詰まり、瞳から涙が溢れ落ちた。
俯き、むせび泣く姿を見た僕は、愛しさがこみ上げて、思わずルリの両肩に手を回していた。
「離して……」
「ごめん……僕は知らぬ内に、また、君を裏切ろうとしていたようだね」
「放って……おいてよ。もう、嫌なの」
「そうはいかない」
八歳だった女の子が、自分を装おうことで自分を護って生きていた。その発端が僕にあるのなら、彼女を元通りにしなくてはならない。
「僕は、家庭教師を辞めるのを撤回する」
「えっ?」
「あと二年。僕が大学卒業するまで、延長させてもらうよ」
「ナオちゃん……」
「もう、君を裏切ることはしない」
目の前には、泣き笑いの顔。僕もつられて笑ってしまう。
「これで、今までのことを許してくれるかな?」
「まだ足りないですね」
「えっ?」
ルリが、企みのある目をした。
「煙草も辞めてくれるのなら、考えてあげます」
僕はこの時、友人の炯眼さを驚いたと同時に、感謝した。
唯、煙草を辞めるというのは正直、辛いのだが。
「分かった。何とか努力する」
「それじゃ駄目よ。ちゃんと辞めるって宣言して下さい」
「酷い言われ様だな。自分だって、随分と執着してたじゃないか」
「あれは、演技です」
「演技って……?」
「あんな害悪な物、間近で喫われちゃたまりません。だから、辞めるよう仕向けたんです……ちょっとやり過ぎましたけど」
八方塞がりの状況だが、これはいい機会なのかも知れない。
「分かった。約束する」
「それと……」
「なんだ。まだ、あるのかい」
「当然です。後、手紙の返事を聞かせてくれませんか?」
「手紙?手紙って、あれに何が書いてあったんだ」
「読んでないんですか?」
「それが……手紙は、読めなかったんだ」
僕は、窓ガラスに貼った便箋をルリに渡した。残念ながら、文字を刻む筆圧も低く、読むことは叶わなかった。
「これに、何て書いてたんだい?」
「日頃の感謝と……その……期末が終わったら、遊びに連れてってって」
結局、僕は終始、主導権を握られたまま許してもらったわけだ。
男子としては如何なものかと思うが、今は丸く納まったことを素直に喜ぶとしよう。