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「こんな日は部屋を出ようよ」
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「こんな日は部屋を出ようよ」後編-11

 金曜日

「ちょっと、行ってくるから」

 外に出ると、厚い暗雲の塊が西日に炙られながら鎮座しており、後の雷雨を予感させる。
 僕は足早にルリの家へと駆けて行く。暫くぶりの家庭教師は、緊張と、僅かな期待を心の中に抱かせた。
 あの、謎めいた言葉から二日間。自分の変わった部分については解らないから先送りして、他のことについて色々と考察を重ねてみた。
 そして、ひとつの結論を導き出すことが出来た。

 ──おそらく、ルリは僕に煙草を辞めさせたいのだ。
 七年前との、一番の違いは煙草だ。教えている途中で喫うところを目の当たりにし、自分も試したい衝動に駆られたのだろう。
 ところが、どんな代物なのかを学校で詳しく調べてみると、思った以上に身体への害悪があることが判った。
 特に女性の場合、妊娠すれば、その毒が胎児にも影響を及ぼすことも彼女は知ったはずだ。
 それからだ。煙草への執着を見せながらも、一方で、挑戦的な態度を繰り返しては、僕の、意志の弱さを罵りあげるようになったのは。
 それに加えて、僕と一緒の時だけ喫うなどと言うのは、僕が呵責に苛まれる様に仕向けたいのだろう。
 それなら、それで構わないのだが、何故、彼女は煙草を辞めさせたいのか。そこのところは、まだ、何の結論にも至っていない。

(訊くしかないのかなあ……)

 思いを廻らせている内に、目の前に目的地が見えてきた。
 僕は“こっから先は家庭教師だ”と言い聞かせて、玄関の前に立った。

「今日も、宜しくお願いします……」

 扉が開き、軽装な格好をしたルリが出迎えてくれた。
 先日までの勝ち気さはない。いつもの 冷然さが漂っていた。

「こ、こっちこそ……宜しく」

 ──何かを企んでいる。
 僕の直感がそう言ったが、あえて無視することにした。
 己から窮地に陥る様な真似をしなくても、何れ、彼女の方から仕掛けて来るはずだから。

「失礼します……」

 異様な雰囲気の中、彼女に付いて二階へと向かった。
 突き当たりの部屋のドアが開くと、かろうじて住人は女の子だと判る程の、整然とした光景が広がっている。
 僕は何時もの様に、勉強机の傍らにある椅子に、鞄を立て掛けて中身を取り出す。

「今日、叔母さんは?見えないけど」

 緊張を解そうと、何気に出た言葉だった。

 しかし、

「出掛けてます。お友達と芝居見物するって。良かったですね。わたしと二人きりで」

 楽しそうな、それでいて嘲るような台詞。
 そういうことか──。

「……今日からは、関数をやるから。受験は勿論だけど、高校でも関数は習うので基礎からおさらいしよう」
「勉強なんかいいでしょう?二人だけなんだから、煙草を喫いましょうよ」
「ルリちゃん。ふざけないでくれよ」
「あら?わたしは、ふざけてなんかいないわよ」

 彼女は、まるで気でもふれたようにせせら笑うと、机の引き出しから何やら取り出した。


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