「こんな日は部屋を出ようよ」後編-10
「……気づいてたのか?」
「ええ。次いでに言えば、家に来て時々見せていた異様な目付きもね」
驚愕の事実を知らされた僕は、返す言葉もなかった。
痴れ者と罵られても仕方がないことを行っていたのだから。
「……ナオちゃん」
打ち拉がれる僕に、一転、優しい声が掛かった。
「ナオちゃんは、わたしが変わったって言ったけど、ナオちゃんの方こそ変わったんだよ……」
ルリは謎めいた言葉を残した後、「また金曜日からよろしく」と言って帰ってしまった。
(僕が変わった……だって?)
さっきから、意味の解らないことだらけで頭が少し混乱しているが、今の一言は、僕にとって最大級の疑問点だ。
彼女の言い分からすると、十三歳の頃の僕と違い、それから七年間経った今の僕は、憤りを感じる程に変わったらしい。
お互いに大人の成りかけ。幼かった時分の様にはいかない。
昔の振る舞い方を望まれても、僕だってそれなりの年齢だし、ましてや好意を持った異性を前にすれば無理な話で、いくら中学生だからってその位は理解出来るはずだ。
にも関わらず、今さらの様に僕を罵ったのは何故か。
(……伝えたかったのは、そこじゃない)
男のいやらしさなんて、口にするまでもない。僕の中にある、もっと別の部分が変わったと言いたかったのではないか。
だが、取り立てて大書すべき活躍もない中学、高校時代を過ごしてきた僕には自覚が無いのは当然であり、さっぱり解らない。
寧ろ、七年という空白があったルリだからこそ、変化を見抜いたのだろう。
(……ただ、さっき見せたあの剣幕って)
この二日間、煙草を題材にしたことは問題だが、お互いの意見をぶつけ合えたことは得る物もあった。
少なくとも、ルリは僕や友人が考えていた様な、繊細なだけの心の持ち主ではない。
昨日から時折のぞかせる、感情的な口ぶりが本来の性格とすると、冷然とした仮面の下には今も強い正義感を隠し持っていることになる。
そもそも、そんな人間に現実逃避が必要なのだろうか。甚だ疑問だ。
(だったら何なんだ……?)
答えの見つからない堂々巡りを続けていると、おもむろに玄関ドアが開く音がした。
(母が帰って来たのか)
僕は思考を断ち切って、自室へと消えた。