〈不治の病・其の三〉-10
「あ…あぁ!!嫌あ!!!」
シーツから飛び出した絵莉は、狼狽えた瞳で周囲を見回し、自分を取り囲む男達の顔を恐怖の瞳で捉えた。
玄関で捕えられてからの時間の、その全てを絵莉は知っている。
電流で身体が動かせない以外は、特別に変わる事はないのだ。
視界が白いシーツに遮られ、暗い荷台に放置され、その数時間後には歓声で迎えられた全てを……。
男達の企ても、全てしっかりと耳で捉えて理解していたのだ。
喧しい騒音だらけの部屋。
そこに待ち構えていた男達。
何人もの女性を毒牙に掛け、自分も前から狙われていた事。
逃げたい……しかし、あの男達を掻い潜り、ドアを開けて逃げるなど不可能としか思えない……身体に降り注ぐように天井から下がる数本の麻縄が、絵莉の視界に入った……想像すらしたくない“用途”として存在している触手のような不潔な縄……瞳は涙で潤み、唇も手足もブルブルと震えていた。
「……た、助けて…助けて………」
絵莉は近付いてくる男達を見つめながら、尻餅を付いたような姿勢のままで後退りした。
その方向にドアは無いのだが、絵莉に残された空間はソコしかないのだ。
自らを窮地に追い込む形となってしまっている絵莉に、冷徹なカメラが向けられていた。
「こ、来ないで……来ないでよぉ!!」
張り上げた声は威圧したつもりなのだろうが、震えた泣き声にしか聞こえない叫びは、所詮は弱者の断末魔だ。
それは強者の残忍さに拍車をかける歌声でしかない。
「やめ…ッ!!やだあぁ!!!」
男は勢いよく飛び掛かり、タックキュロットのサスペンダーの部分を握り締めた。
絵莉は恐怖に顔を歪めて叫び、サスペンダーを掴む手をポカポカと叩き、立ち上がって逃走を図った。
サスペンダーは肩からズリ落ち、手綱のように絵莉の逃走を封じ、それでも逃げようと踏ん張る力に負け、ブチブチと悲鳴をあげてタックキュロットから切断された。
「な、なに撮ってんのよ!!退いてよ!!」
声を裏返して叫びながら、絵莉は足を縺らせて転げて逃げた。
男達は、わざと逃げられるように追い詰め、その逃げる様を楽しんでいた。
大勢の〈鬼〉に追い掛けられる逆鬼ごっこだ。
『ほら、捕まえたぞぉ』
「ちょっ…離してぇ!!!」
鬼は、もう片方のサスペンダーを掴むと、力任せにグイグイと引っ張った。
絵莉は引かれまいと両脚で突っ張り、またも発動した馬鹿力で逃走した。
その結果、二本のサスペンダーは床に落ち、その毟り取られた時の力で、キュロットのフックもファスナーも壊れてしまった。
絵莉は両手でキュロットを押さえながら立ち上がり、遂に唯一の出口であるドアまで辿り着いた。