買われる欲望1-1
「お金がない・・・」
女学生の清子は月末の請求書を見てため息をついた。
親に無理を言い奨学金を借りながら上京進学したものの、親の家業の業績が急激に悪化。今月の仕送りは途絶え、生活費の足しにと始めた喫茶店でのアルバイトもなんの意味も持たない。知人に借りたとしても生活費をまかないながら返済する余地は当分のところ見込めなかった。
派手な交際や出費はしない堅実な清子であっても、ただただ無気力に電卓を弾きながら呆然と過ごすほかない。
「今月だけ、すぐにお金がもらえるバイトをしながら学校に行って・・・来月はバイトを増やせば・・・」
時間と収入、求人を見比べても希望的観測はない。陰鬱とした気分に体も支配されていくような気がした。
インターネットを見ながらふと、「援助交際」の文字が目に入った。
普段の清子とは無縁の物騒な文字は、そのときの清子にとっては身近なものに思えたのだった。
「一回だけ。一回だけだったら墓場まで持っていけるかな。」
陰鬱な気分を晴らしたかったのかもしれないし、自分だけの秘めるべき経験に魅了されてしまったのかもしれない。
気付けば清子は出会い系サイトに登録し、アダルト掲示板を食い入るように見つめていた。
欲望のみに支配された男性たちの割り切った書き込みは、私情を持ち出したくない清子にとっては救いのあるものに思えたのだった。
清子は
「21歳、学生です。今夜限り、割り切った関係でも。連絡ください。」
と掲示板に書き込んだ。
書き込んだ瞬間に、清子は名前のない魅惑的な一女学生になった気がして、自分の中の一本の糸がぷつりと切れる音がした。
数分も経たぬうちに受信ボックスには20件ものメールが溜まり、女子大生への渇仰に蠢く欲望の表象たちに清子は密かな優越すら感じ始めていた。
ふと清子はその中の一通に目を止めた。
「当方既婚、36歳、サラリーマン、私情を挟まない関係希望。本番なし、以下条件です。」
そっけない文面と反するように、温情的な条件と顔写真が添えられていた。
とりわけ美形でもなければ、清子が覚悟を決めていたほどの不快感もない。その男の目は輝きこそ少なけれど、しっかりと見据えるような落ち着いた瞳をしており、家庭を支える勤労者という印象を受けた。
「へえ、こんな人が・・・」
清子は想定との差に好意のようなものを持ちながらも、自分を律するようにそっけない返信を返した。
約束の時間には早く着いた。待ち合わせ場所には自分と縁のない歓楽街を指定したため、自分が全く別物であるような気分になった。
まだ夕暮れすぎだというのに泥酔する中年男性に、ビラを持ったミニスカートの女性が群がる。
この街には地味すぎる清子は道行く名も無い男性たちに品定めされているような、そんな惨めな気持ちになっていた。
万が一の恐ろしい想像が加速する。
トン、と肩を叩かれ、清子は覚悟も裏腹に小動物のように体を硬直させた。
振り返ると、写真と変わらぬその男がじっとこちらを見据えていた。
「待たせたかな、早速だけど移動しようか。」
その男は抑揚のないずっしりとした声で言った。
「はい」
清子は蛇に睨まれたようにすっかり萎縮し、その男の後ろについていくしかなかった。
物静かなその男は加藤とだけ名乗った。違う名前を持つのかもしれないが、この街ではどうでもいいことのように思えた。
清子は、「清子です」と咄嗟に名乗った。下の名前を名乗ったところで、普段の清子とはなんのつながりも持たない[清子]である。いつもの清子はここにいない。
裏路地を入ったところに佇む地味なネオンに包まれたホテルに導かれ、誰も知らない、今夜限りのまやかしの商談が成立した。