あやなくもへだてけるかな夜をかさね-6
「おばあちゃんとおじいちゃんが会いたいらしいよ?」
夕食を取りながら子供たちに母からの伝言を伝える。
「お祭りがあるから遊びに来いってよ」
「本当?!行きたーい!」
小学生の美樹は無邪気な声を上げる。
「美樹だけで行かせるわけにはいかないわ」
息子の顔を覗き込むようにそう言った。
「祐樹、どうする?」
「ん〜、別にいいけど…ちょっとタルい…」
「いいじゃん、お兄ちゃん!おじいちゃんたち、きっとおこずかいくれるよ!」
「こら、美樹!」
娘を窘めると、美樹はペロリと舌を出して首を竦めた。
「行こうよぉ〜、子供だけで新幹線乗るんだよぉ〜」
「無理にとは言わないけど、お父さん休み取れないから、こっちに居てもどこにも行けないかもよ」
「うん…いいよ行っても」
「わーいっ!やったー!新幹線!新幹線!」
「おじいちゃんたち喜ぶわ」
両親に嬉しい知らせを伝えることが出来ると、智子は少しホッとした。
「お兄ちゃん、新しいプレステのソフト買ってもらおうよ」
「そうだな!」
智子の心をよそに、子供たちは邪心なたくらみを企てているのだった。
夫に子供たちが二人で実家に行くことを伝えたが、意外なほどあっさりと
「そうか、お義父さんとお義母さんによろしく伝えておいてくれよ」
そう言うだけだった。
…やっぱり私も一緒に行こうかしら…
そんな気持ちも湧いてくるが、子供たちの居ない数日、智子にとって家事から少しでも解放されるという事実も魅力的だ。
息子や娘が居ない分、洗濯物は明らかに減るだろう。
一人分の昼食ならあえてわざわざ作ることも無い。
そうだ…夕食は思い切って外食にしてもいいだろう。
久しぶりの二人きりだもの、お洒落してレストランに行ってもいい。
なんとなくワクワクとする自分に気付き、智子はおかしくなる。
…あんまり期待するのはやめよう。後でもっと後悔するかもしれない…
ここ何年かの間に、智子の心と体に染み込んだ何かがそう言った。
「お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞いてね」
「向こうに着いたら、叔父ちゃんが駅まで迎えに来てるから。」
「はぁ〜い!ヒロミちゃんも来てるかなぁ?」
心配する智子をよそに、子供たちの心は既に新緑に萌える故郷の地に馳せられている。
子供たちを乗せた新幹線の時刻は伝えてあるので、智子の兄が駅まで迎えに来ることになっていた。
「祐樹、おじいちゃんやおばあちゃんにきちんと挨拶するのよ」
「わかってるよ」
「叔父ちゃんや叔母ちゃんにもね」
「わかってるって!」
いつのまに成長したのだろう…
意外なほどしっかりとした息子の顔を見ながら、智子は二人に手を振り車体から離れた。
「いってきま〜す」
笑顔の娘を乗せた新幹線が見えなくなるまで、智子は手を振り続けた。
こんな都心まで出てきたのは久しぶりだ。
せっかく駅まで来たのだから、デパートに寄って帰ろうか?
夫は今夜何時くらいに帰るのだろう?
智子はケータイを取り出すと、夫にメールを打った。
『今、子供たちを新幹線に乗せました。デパートに寄って行こうと思うけど、帰りは遅くなる?』
しばらくして夫からの返信。
『今日は残業せずに帰ります。』
ケータイの画面を見ながら、智子の口元が緩んだ。
…今日はデパ地下で総菜を買って帰ろう…
夫と二人分の食事なら、そんなに贅沢でも無いだろう。
ワインを買って帰ってもいい。
気持ちが浮き立つのを感じながら、智子は人波に飲まれていった。