天国と地獄-2
神はせめて青年に対する拷問をなくすことにした。神は青年の拷問担当の鬼達を集め、決して危害を加えないよう、厳重に注意した。
次の日、地獄すべての悪人達が熱湯が煮えたぎる釜に放り込まれているとき、青年は特注の一人用釜でちょうどいい湯加減のお湯につかっていた。皆が血を流しながらするどい針山を登っているとき、青年は全身のツボを刺激してくれる、でこぼこの山を登っていた。
「こんなの不公平だ」
青年は言った。
「俺の担当の鬼達は、皆手を抜いています。他の鬼が、地獄にいる人々が入っている釜を必死で沸かしているというのに、俺の担当の鬼は適当なぬるま湯のまま俺をそこに放り込み、どこかに行ってしまいます。他の鬼が懸命に針山の針を鋭くしようと研いでいるのに、俺担当の鬼は先が丸くなって体に刺さらないような針のまま、俺に刑を執行しています。これでは、きちんと職務を果たしている他の鬼の方々に示しがつかない。職務怠慢な彼らに、処罰をお願いします」
神は、やむなく青年の担当だった鬼を、すべてクビにした。鬼達はもう地獄にはいられない。だからといって、地上に野放しに出来るはずもなかった。彼らは、天国を我がもの顔でのし歩くようになった。
今まで、天国で神の指導のもと、質素でつつましやかに暮らしてきた善人達は、地獄からの侵入者に驚いた。しかし、従順な彼らは、神をものともしない、自由奔放な悪人達に次第に憧れを強めていった。調子にのった悪人達は彼らにさまざまな悪事を吹き込み、天国はずるい事やひどい事であふれていった。
少し後にやってきた、大きくて野性的な鬼達も、穏やかな、まどろっこしい話し合いに段々うんざりしてきていた善人達と、平和な生活に飽き飽きしていた悪人達に、力による喧嘩という刺激をもたらした。あちこちで諍いが絶えなくなり、悲鳴や怒号が天国の日常茶飯事となった。
地獄には、蜘蛛の糸を登れなかった小心者の悪人と、残った鬼達がいた。彼らは、あくまで自分達のことを考えてくれた青年の心意気にうたれ、すっかり改心していた。いつも相手のことを考え、譲り合って協力しながら暮らしていた。皆が微笑みながら、平和に。
まるで、天国と地獄が入れ替わったかのようであった。
その光景に神は心底苦り切り、連日泣きそうになりながら、天国の建て直しに追われた。
地獄の大釜の横に、ぽつんと青年が座っていた。釜は、もうずっと使われていない。刑を実行するだけの人手もなく、罪人も少なすぎる。少し離れたところでは、元詐欺師の男と、彼に罰を加えていた鬼が、笑い合いながら一緒に夕食を作っていた。
「ここも、ずいぶん過ごしやすくなったな」
いつの間にか、青年の隣に男が立って、話し掛けてきた。見事な白髪をきちんと撫で付け、スーツを着た男だった。
青年も、笑顔で返事を返す。
「ええ。神様だって、よくわかっているはずです。人事には、たった一度の失敗も許されないんですよ。…父さん」
善良な父子は、天を見上げて、ともに微笑んだ。