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天国と地獄
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天国と地獄-1

あるエリート商社の人事部長であった男が、寿命を迎え、天に昇った。
そこには神がいて、膨大な死者達を天国と地獄に振り分けていた。順番が回ってきた男は、見事な白髪をきちんと撫で付け、現役時代のままのスーツ姿で、神の面前に立った。
神は、けだる気に男の生前の行いが記してあるノートを見て、冷たく言った。
『地獄行き』
「なんですって?!」
思わず男は声をあげた。善良で品行方正な彼は、生涯一度だって悪事を働いたことがない。何かの間違いではないか、と男は神に訴えた。

『間違いではない。お前は、6年前に横領犯と間違って、同姓同名の無実の男をクビにした。その男は苦しんだ末、ついに自殺してしまったのだ。お前の不注意が、ひとりの男と家族の人生を狂わせた。この罪は地獄に行くのに十分だ』
たった一回の人事ミスで。男は青ざめた。
「そんな…彼には悪いことをしましたが、たった一度の間違いで…」
それを聞いた神は、ノートと男を交互に見比べ、無常に言い放った。
『人の一生を決める人事に、一回たりとも失敗は許されん!お前もよくわかっていたはずだ』
確かに、それは人事部長であった男が信念としてきた言葉だった。

こうして、男は地獄に落とされ、ずるがしこく、だらしない悪人達に囲まれ、野蛮で巨大な鬼達に拷問を課される日々に必死で耐えなくてはならなかった。

数年後。不幸な事故で、ひとりの青年が亡くなった。非の打ち所のない、誰からも好かれる青年だった。彼の葬儀には大勢の人々が詰め掛け、棺の中に眠る青年の美しい顔に誰もが涙した。青年の天国行きは、確約されたようなものであった。

『地獄行き』
天に昇り、神の面前に進み出た青年に、例のノートを見ながら神は言った。

「はい…わかりました…」
思い当たるふしは全くなかったが、純粋な青年は素直にうなずき、自分から地獄へと降りていった。
神は、次の順番の、詐欺師である男のページを間違って見ていただけだったのだが。

その日の終わり、今日一日やってきた死者達の確認をしていた神は、間違って善良な青年を地獄に送ってしまったことに気付き、真っ青になった。どうにかしなければ、神としての示しがつかない。
神は地獄へとつながる池を覗き込むと、青年のもとに向かって蜘蛛の糸をたらし、優しく語りかけた。

『おーい。私は神だ。すまん。お前を地獄に送ってしまったのは、わしのミスだ。この糸は天国につながっている。どうかこれをのぼって、すぐに天国にきてくれないか。時間がないんだ。天国と地獄は、あまり長くつないでおけない』
神の声が聞こえた青年は、糸に手を掛けてのぼりだした。半分ほどまできた時、休憩がてら下を見た青年は驚いた。地獄にいるほとんどの悪人達が、糸にすがって我先にと天国にのぼって行こうとしていたのだ。青年はすぐさま下に下りると、なかなかのぼることの出来ない悪人を手伝った。

自分一人が天国に行くことなど、優しい青年には耐えられなかったのだ。
青年が悪人達を助けているうちに時間がきて、糸は切れてしまった。青年は天国に行けなかった。


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