あさいふち-1
大きなコンテナは、夕ぐれになるまで、無造作に、つみ木のように、倉庫のよこでたたずんでいた。
いよいよ夕日が、湾の波を伝い、深い赤や、青のコンテナを染めながら照らしだすと、その湾で働く男たちは、散っていった。
かもめが、四、五羽で群がり、沈む夕日に跳んでいく。水平線上の、波はゆれ、黄色や、赤色や、淡いひかりをふちどり、その先の海は静まり、黒く、紺色の冷たさが。そこにあった。
だんだんと、空は、水平線に消えていく。すると一羽のかもめが、先程の群と離れになったのか、後をおうように、水平線に消えた。その時と、かもめの形といったら、まるで羽のある、黒い紙のようで、重、重しくとんでいるように見えた。
ついに、日は沈んだ。しかし、空はまだ深い紺色を色取り、雲の、うっすらとした、灰色の深さが残っていた。
倉庫の波は、ゆっくりゆらぎ、ちゃぷちゃぷと、海草や、木くずや、たばこなどのごみが、コンクリートにひきよせられていた。
ごみたちは、波の小さな揺らぎにも、潮風にも吹かれることなく、一途にざらっとした苔のある壁に恋をするのだ。
潮風は、この季節になると、薫りだけが、コンテナの鉄臭と混じり、なにかにかまわずべたつくのだ。だからコンテナの外装も、倉庫の屋根も、手すりや、空き缶や、運搬車の扉も錆色に染まり、ひかりのない場所は特に、黒ずさんでみえた。
今夜のこの湾に、人気も、月光も、雲にかくれて見えない。
東京。というおおきな人工湾の端にある、小さな湾岸で、きちんとした日本の風情がないのだ。男たちは、そこを「N6」と呼んでは、夕方までコンテナのつみおろしや、倉庫への運搬を、仕事とする。そこからながめる湾に、美という味気はない。時折、昼飯を食う男たちは、無言でくちにほうばりながら、波の音と、水平線にぽつんと浮かぶ、ヨットか船か判らない黒い点を睨みながら、静けさに身を置くのだった。
倉庫は三つ並び、それぞれ湾に面して大きなシャッターがおる。倉庫は、ここからしかはいれない。
コンテナは、もりあがる丘の上を走る、国道から伝わってくる。六、七つの決まった数をダンプ車にのせては、朝の冷たい潮風が吹く頃にやってくるのだという。
このN6地の責人者は、五十過ぎで、老眼鏡をかけて、三門のシャッターを開けに来る。夏も、冬も黄色ヘルメットと、汗ふきタオルを首に巻いて、長靴をぱこぱこいわせながらやってくる。
そして、男たちが、朝一に来る頃には、その老人はすがたを消している。誰として彼と口を交わしたことがなかった。しかし男たちは、人のうわさよりも、朝から夕日まで、黙々と、仕事に愛着を持つ方が、楽だった。そして、男たちの間にも口を交わすことはない。