第2章〜第3章-1
第2章
朝5時半に起床して、ネグリジェを水洗いしてから朝食を摂った。制服に着替えて、母の作ったお弁当を持って、学校に向かった。
奈美には気になる男性がいた。朝、総武線の電車で乗り合わす男性。いつもクリーニング仕立てみたいなパリッとしたスーツを着ている。眉毛が濃いめで目鼻立ちがすっきりしている。名前は知らない。同じ車両に乗ったときには、つい、チラチラと見てしまう。奈美の視線に気づいたようすもあったが、その男性から見られると、奈美は目を伏せてしまうのだ。
今朝、今まさにその男性は同じ車両に乗っている。奈美が右方向に視線を送ると、憧れの男性の幅広い背中が見えた。
(声をかけたい)
奈美は思った。だが、行動に移すなんてできるはずがない。いつか話したい。いや、いつかじゃだめだ。この夏が終わるまでにはお近づきになりたい。
そんなことを考えていたら、阿佐ヶ谷駅に着いてしまった。男性は新宿で降りるのだろうか。もっと遠くの駅なんだろうか。男性の背中をもう一度チラッと見てから、奈美はホームに降りた。
駅の改札口を抜けると、前を歩いているのは見覚えのある背中だ。谷本紀美だった。駆け寄った。
「紀美、おはよう」
「おはよう。奈美、やけにすっきりした顔してるじゃん。さてはゆうべ、やったんでしょう?」
「えっ…」
「しらばっくれなくてもいいよ」
紀美はいたずらっぽく笑った。
「何のことだか…」
「じいかいたな。かいたでしょう?」
「知りません」
奈美はぷいと横を向いて、歩幅を大きくとった。朝から変なことを言う級友から離れたかった。怒っているわけじゃないけど、恥ずかしい話は、まっぴらだ。ちなみに「じいかいた」とは自慰のことだ。
「奈美、怒ったの?」
「べつに怒ってないよ」
歩きながら答えた。
「あのね、三上志穂さんが奈美に話があるんだって」
「えっ、シホリンが…。何だろう?」
「三上さんのお姉さんのことよ」
「お姉さん?宝石店に勤めている人?」
「とにかく会えばわかるよ」