第2章〜第3章-8
翌朝、奈美はいつものように七時半すぎの電車に三鷹から乗った。平日のこの時間帯の総武線はすし詰め状態だ。女性専用車両があるが、奈美はそこには乗らない。乗る車両をあらかじめ決めて乗車していた。朝、ときどき見かける男性が気になっているからだ。
涼しげなグレイのスーツの下に白いワイシャツを着た長身の男性。眉毛が濃いめで引き締まった口元。澄んだ瞳が印象深い人だ。
ぎっしりと人が乗っている車両の中、奈美は憧れの男性を捜した。
いた。彼はいた。車両のなかほどにいるので、ドアの近く、横向きの姿勢で立っている奈美とは少し距離があったが、幅広い彼の背中を確認した。いつ見ても、かっこいい人だなあと思う。阿佐ヶ谷駅で降りずに、彼が降りる駅までついていきたい。彼を尾行すれば、勤め先が分かる。名前も分かるかもしれない。
彼と話がしたい。しかし、今のままではいつか彼を見失ってしまうだろう。
憧れの男性は憧れで終わるのか。なんとかしたい。でも、学校をさぼってまで恋愛に賭ける勇気がなかった。ついていって話しかけることができたとしても、警戒されて挙げ句の果てに警察を呼ばれてしまうのではないか。彼のことになると、悲しい結末を考えてしまう自分がいる。ナルシストだからなのか。
奈美の腰の辺りに何かが当たった。首を捻って背後を見てみると、それは手提げ鞄だった。鞄が腰に密着していたのだ。不快だわ。そう思った瞬間、腿の内側に感触があった。異様な感触。誰かに触られていると分かった。からだはピクッとなって、そして硬直してしまった。