第2章〜第3章-17
谷本紀美と井上毅郎はキャンドルライトが仄かに灯るテーブルに向かい合わせで座っていた。奈美は井上の左側に座った。四人掛けの席であったのでほっとした。井上毅郎という実業家の真正面に座ったら緊張してしまうと危惧していたのだった。
井上は口髭を蓄えていて威厳を感じさせる男性だった。挨拶を交わしあった後、井上は白ワインをオーダーした。紀美と奈美はグレープフルーツジュースを頼んだ。
料理はコースになっていて、まずオードブルの三種盛り合わせが運ばれてきた。魚介のマリネ、イワシのカナッペ、小茄子とトマトのチーズ焼き。どれも美味しかった。
井上毅郎は白ワインがまわってきたのか、しだいに饒舌になっていった。
「奈美さんは彼氏いるの?」
「いえ、いないんです」
「それはもったいない。高校生とは思えない色気があるよ。紀美がいなかったらお付き合いしたいくらいだ」
「毅郎さん、ひどいよ」
谷本紀美はくちびるを尖らせた。
「紀美ちゃん、冗談だよ。奈美さん、好きな男性はいるんでしょう。総武線の車内に痴漢が現れて困っているとき、奈美さんを助けた男性がいたそうじゃないか。紀美からその話は聞きました」
「はい…。憧れていた男性に助けてもらったんです」
「その、憧れの男性とはその後如何に?」
奈美は迷った。井上に話していいのだろうか。
「奈美、毅郎さんは懐が深い人。話せば、良いヒントがもらえるよ」
紀美に後押しされて、奈美は梶谷のアパートに行ったことを話した。梶谷に愛撫されたことは恥ずかしくて言えなかったが、女性がアパートにやってきたので、気が動転して逃げ帰ったことを話した。
「それは惜しい。惜しいことをしたね。梶谷という男性は、奈美さんを車内で救った。正義感がある男性だ。そんな人が遊び半分に奈美さんをアパートに招き入れるはずがない。彼は真剣なんだよ。訪ねてきた女性は、梶谷氏の彼女ではない。私には分かる」
「梶谷さんと仲直りしたほうがいいですか」
「仲直りしたほうがいい。男も女もエッチだ。からだだけが目当ての場合もあるが、梶谷氏の場合は真剣だと思う。彼は奈美さんを裏切らないだろう。私は彼と面識がないから断言まではできないが…とにかくもう一度アパートに行くべきだよ」
「井上さん、ありがとう。なんだか勇気が湧いてきました」
奈美は梶谷と会うことを決意した。
井上毅郎&谷本紀美と話した時間は奈美にとって有意義であった。