第2章〜第3章-16
「奈美さん」
梶谷は驚きの声を上げ、玄関でミュールを履きかけた奈美の手首を掴んできた。
「放して! もう帰ります」
奈美は掴んできた手を振り切って、引き戸を開けた。
「誤解しないで!」
女性は奈美を止めようとしたが、奈美は耳を貸さなかった。
梶谷のアパートから走って遠ざかった。しばらく走ると武蔵小金井駅が見えてきた。奈美は走るのを止めて、ゆっくりと歩き出した。もう梶谷に会うことはないだろう。そう思ったら、ふいに涙がこぼれた。
第3章(最終章)
梶谷のアパートを訪ねた前日から高校の夏休みが始まっていた。午前7時半すぎに三鷹から総武線に乗る生活も小休止であった。朝、梶谷の姿を見ないということは、幸か不幸かどちらかわからないけれど、梶谷のことを冷静に考えてみようと思った。梶谷のアパートから逃げ出したことは間違いではなかったのか。梶谷の心を傷つけてしまったのではないか。そんな思いもあった。
夏休みが始まって七日目の土曜日の昼前、谷本紀美から誘いの電話が掛かってきた。彼氏の井上毅郎とイタリアンレストランで今夜、食事するのだが、奈美にも同席してほしいとのことだった。
「私がなぜ? 二人の邪魔になるだけよ」
「毅郎さんは刺激が欲しいのよ。私の同級生と話して、二人の刺激にしたいと言ってたよ」
「二人の刺激? 刺激になることなんてひとつもないよ」
「そう言わないで。毅郎さんは私の同級生の恋愛観とか知りたいわけなの。女子高生の恋愛事情を知って、自分の立っている場が間違っていないと確信したいんだって」
「よくわからない…。でも、紀美と井上さんには興味あるから行くことにするよ」
「ありがとう。じゃあ今夜ね」
紀美は、阿佐ヶ谷駅にほど近いパールセンター商店街の中ほどを左折したところにあるイタリアンレストランで7時に待っていると伝えてきた。
その夜、奈美はノースリーブのシフォンプリーツワンピースを着て、阿佐ヶ谷のイタリアンレストランを訪れた。