第2章〜第3章-11
「阿佐ヶ谷南高校二年の立野奈美です」
声が小さかった。梶谷と向かい合って緊張している自分を感じた。
「阿佐ヶ谷南ですか。テニス部が有名ですね。よく全国大会に出場している」
「ええ、うちのテニス部は毎年、強いんです。私はテニス部ではなく、映画研究会に入っています」
奈美はそう言ってから、髪をさっと撫でた。緊張しているときに出る癖だった。
「映画研究会ですか。僕も映画が大好きです。話が合うかもしれないなあ」
梶谷の声は弾んでいた。
「お待たせしました」
桜井刑事が交番から戻ってきた。梶谷はさっと立ち上がった。
「刑事さん、どうぞ」
桜井に座るよう促した。
「いえ、おかまいなく。話はすぐに済みますから。お嬢さん、あの男はマークしていた『いじろう』でした。昨日、お宅の庭に侵入した奴にまちがいありません」
「やっぱり、あの人が…」
「奈美さん、お宅にあの男が…怖いなあ」
梶谷の顔が曇った。
「ええ、奈美さんを付け狙っていたようです。しかし、もうだいじょうぶ。あいつは必ず起訴されますよ」
桜井は力強く言った。
奈美は桜井から渡された被害届の用紙に電車の中で起こった事を記入していった。奈美がボールペンを走らせているさなか、桜井刑事は梶谷に質問していた。痴漢行為に気づいたのは何故かとの問い掛けに、梶谷は「感じのいいお嬢さんだから、日頃から注目していました」と答えた。
うつむいてペンを走らせていた奈美の耳に梶谷の言葉がさざ波のように優しく響いた。
桜井刑事は被害届を受け取ると速やかに鞄にそれを入れてから「お時間を取らせました。ご協力、感謝します」と言って、駅長室から去っていった。
「奈美さん」
「はい」
「もしよかったら、今度、お茶しませんか」
「えっ」
梶谷の誘いに奈美の胸はときめいた。
「迷惑かなあ」
「いえ、迷惑じゃありません」
「ありがとう。明日はどう?」
「夕方だったら空いています」
緩やかに話はすすみ、明日の放課後、三鷹駅前の喫茶店で再会することになった。