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「カオル」
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last-1

「あの……」

 谷口ひとみは、目の前に現れた薫に戸惑いを隠せない。
 真由美に教えられた通りの道順で此処に辿り着いた。特徴である煉瓦色の屋根はもちろん、表札の名字も間違いはない。
 ところが、現れた男の子の容貌と真由美とが結びつかなさ過ぎるのだ。

「あのさ。此処に藤木真由美って子、いるかな?」
「そ、それは……」

 薫もまた、突然の訪問者にどぎまぎしていた。
 初対面にも関わらず、ジロジロと顔を見たかと思うと、躊躇う事なく質問を浴びせ掛ける──人見知りな薫が最も苦手とするタイプ。

「それは……僕のお姉ちゃんです」
「やっぱり!」

 目的地に間違いないことを確認できた事により、ひとみの好奇心は大きく膨らみ、さらに突っ込んだ質問を繰り出したくなった。

「君は何て名前なの?」
「ふ、藤木……薫……です」
「何年生なの?」
「ろ、六年生です」
「お姉さんは居る?」
「い、今……買い物に」
「何時位に帰ってくるかのな?」
「さっき、出かけたばかりから……」

 質問に答える薫は、上気した頬で、時折、チラチラとひとみの様子を窺っている。
 姉以外の、ましてや、彼女の様な遠慮のない人間との会話なぞ経験が無い為、思わずたじろいでしまう。そんな様子が、ひとみには殊の外愛らしく見える。
 小学生とはいえ、女の子と見間違う程の顔立ちと大人しさに、つい、からかってやりたくなった。

「あのさ。お姉さんが帰ってくるまで、待ってても良い?」
「ええッ!」
「そんなに驚かないでよ。お姉さんに会うだけだから」
「でも……知らない人を上げるのは……」
「それなら大丈夫!わたしはね、谷口ひとみ。お姉さんのお友達よ」

 薫が、押しの強い人間を対処する方法など身に付けているはずも無く、結局、リビングに上げてしまった。
 ひとみとしては真由美の部屋を覗きたかったのだが、薫に嫌がられそうなので今日は遠慮した。
 初対面から心証を落とす様な真似は、今後に影響を与えかねないと思ったからだ。

(それに、薫くんにも興味あるし……)

 ひとみは、当初の予定を変更する事とした。

「あの、何が良いか分からないから……」
「お構いなくッ」

 薫は、冷えたお茶をひとみの前に置くと、テーブルを挟んだ対面に腰掛けた。俯いたまま、両手を膝の上に置いた姿勢で小さくなっている。
 ひとみは可笑しくなった。これでは、どちらが家人か分からないと。

「お姉さんとはね。クラスもだけど、塾も一緒なのよッ」

 妙な緊張を解きほぐそうと、ひとみは共通の話題を用いる事にした。
 最初は、大した反応も示さなかったが、辛抱強く話をしている内に、薫も徐々に心を開いていった。


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