last-9
「わたしは真由美の事を親友だと思ってたわ。何でも、どんな事でも話せる仲だと。
でも、貴女はそう思わなかった。だから、わたしに嘘を付いた」
「そんな……」
「そして、わたしが秘密を知った時、わたしが喋ると思って怯えた。怖くて堪らないからわたしを殴ったのよ!」
ひとみが塾に現れたのは、薫の扱いについて忠告したかったからだ。
秘密を知った時、確かに、自分の想いを遂げるには格好の材料が飛び込んで来たと真っ先に思った。
しかし、直ぐ様、その思いは断ち切った。
欲しいのは真由美の身も心も全てであり、蹂躙するような真似はしたくなかった。
だからこそ、先日、真由美が採った弟への態度は改めるべきだと友人として意見し、今まで通りの関係を続けたいと願っていた。
しかし、思いの全ては断ち切られてしまった。
「真由美……」
「な、なに……」
ひとみの顔は、哀しみを湛えていた。
「……薫くんの事は、誰にも言わないわ」
「えっ?それって……」
真由美には訳が解らない。
散々、恨み言を吐いておきながら、薫の秘密に触れないとはどういう了見なのか。
「その代わり、ひとつ頼みを聞いて欲しいの」
──やっぱりそうだ!この子が見返りも無しに黙っている訳がない。
真由美は緊張した面持ちで、ひとみの、次の言葉を待った。
「……来月初めの日曜日。わたしの家で誕生会を開くから、来て欲しいの」
「どういう事?わたし逹は、仲違いをしているのよッ」
「祝ってくれる約束だったでしょう。一緒に薫くんも連れて来てよ」
「薫は関係無いでしょう!」
「忘れてやるんだから、それ位、安い物じゃない」
弟を巻き込みたくない真由美は必死に抗うが、ひとみは妥協点はないと言って譲らない。
しばらくの言い争いが続いていたが、やはり、秘密を握られていては、引き下がざるを得ない。
「……分かったわ。それで、薫の事は絶対に喋らないのね?」
「ええ。誓ってもいいわよ」
真由美は「それならば」と、ひとみの出した条件を呑んだ。
「じゃあ、来月初めの日曜日の正午に。待ってるから」
ひとみはそう言うと、元来た小路を戻って行った。
真由美はしばらく、その後ろ姿に視線を投げた。
全ての景色が朱色に染まる中で、ひとみの足下に続く細長い影だけが、哀しそうな情景を映し出していた。