last-7
(何かを伝えに来たんだ……)
多分、見返りだ。薫の事を喋らない代わりに何かを求める。さっきの態度からすれば、相当の事を言うつもりだ。
(でも……)
この推測が当たっているとしたら、何とさもしい人間なんだろう。
人の弱味を見つけたら、そこに付け入り意のままに操ろうと画策する。
わたしはそんな人間と親しくしていたのか。だとすれば、何と洞察眼のない戯け者だろう。
そのせいで、弟は今も、苦しみの渦中にある。
もし、薫にこれ以上の責め苦を与えるのなら、もう容赦はしない──同じ目に遇わせてやる。
強迫観念と曖昧な思考が、真由美を危険な結論へと誘って行く。
「真由美……」
それは、塾のある大通りの道から小路へと入った時だった。背中越しに真由美を呼ぶ声が掛かった。
真由美は、歩みを止めて振り返る。三メートル程後方にひとみがいた。
「何か用?それとも、まだ殴られ足りないの」
強い憤りを必死に抑えた、そんな声だった。
「当然でしょう。このまま帰られたら、殴られ損だもの」
対してひとみは、塾の時と同様に余裕のあるところを窺わせる。
「薫を疵付けといて、よくそんな事が言えるわね!」
「それは真由美が悪いんじゃない?最初に嘘付いたんだから」
「それは……!」
「そうでしょう。親戚の子なんて言ったのは貴女だし」
「言えるわけ無いじゃない!わたし以外は知らないのにッ」
言い争う内に、真由美は胸の奥が痛んだ。
横暴に振る舞っているひとみも、自分の軽率さが原因で疵を負っていると解ったからだ。
「その態度が気に入らないわ」
「何がよッ」
「自分だけが弟の味方ですって……そのくせ、女装させた上、嫌がる弟を外に連れ廻して楽しんだ。
着飾ったペットを喜ぶバカな飼い主人みたいに、人格を全く無視したくせに」
「でたらめ言わないでよ!」
真由美は内心驚いていた。
今の話は、自分と薫以外は知らないはずだ。
それを、何故、ひとみが知っているのか──。
「驚いたでしょう?わたしが知っているから」
ひとみは、真由美の顔に目を向けた。表情はごまかせても、目の狼狽えはごまかせない。
「今日。何で学校休んだか解る?」
「あんた……まさか」
「そう!さっきまで、薫くんに会ってたのよ」
それは、ひとみが塾に現れる一時間程前の事だった。
下校時刻を迎えて、小学校の校門から生徒逹が吐き出されてきた。
ひとみは物陰からその様子を窺っていた──物色するような眼で。
しばらくして、目当ての者が現れた。ひとみは人気が途絶える場所まで後を追った。
そして、路地へと曲がったところで声を掛けた。