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「カオル」
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last-11

「お誕生会にお呼ばれるんだもん。当たり前だよ。
 それにあの人、お姉ちゃんが言うほど悪い人に思えないし」
「あんた、本当にそう思ってるの?」
「うん。最初は怖くて堪らなかったけど、この前はそんなでもなかったよ」
「そう……」

 真由美は安心した。
 少なくとも、薫の中にあったひとみへの畏怖は、薄れつつあると確認する事が出来た。
 それは、真由美自身も同様で、気持ちの中では既にひとみを許していた。


 雨の中を歩き続けてニ十分。
 二人は町外れに在る、幾棟ものマンションが建ち並ぶ場所にやって来た。
 広大な敷地に整然と建つ建造物と、人の手によって作り、並べられた自然。
 二人の住む地域とは、大きな隔たりを感じさせる場所。谷口ひとみは、この中に住んでいた。

「すごいところに住んでるんだね」
「三棟の一番上って言ってたわ」

 二人は、マンションの広い間口を潜った。
 先にはガラスの扉が閉じていて、その向こうには大理石を敷き詰めた広いホールに、二基のエレベーターが見て取れる。

「こっちよ」

 真由美は、ガラス扉の横に据付けられた認識器に近寄り、予め教えられた番号を打ち込んだ。
 ガラス扉が静かに開いた。
 二人はホールを突き抜けてエレベーターへと乗り込んだ。

「待ってたわ!」

 開口一番、ひとみは破顔させて二人を出迎えた。何時もとのギャップが、真由美を困惑させてしまう。

「お招き、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶なんかしないでッ。さあ、入って!」

 二人は中へと通された。
 広い部屋だった。最上階の全てがひとつの家になっていた。
 真由美は、奥へと案内されながら周りに目を配った。
 すると、ひとみ以外の家人が見当たらない事に気が付いた。

「ひとみ。お母さんやお姉さんは?」

 不可解さから、何気に訊いたつもりだった。ところが、ひとみは表情を曇らせてしまった。

「み、みんな忙しくてね。出掛けてるの」
「ひとみ……」
「夜までわたし一人だから、ゆっくりしてってね!」

 気丈に振る舞おうとする程、痛々しさが真由美に伝わってくる。
 仕事人間の父、家庭よりも不義を選んだ母。そんな両親に愛想を尽かした姉は、とうの昔に出て行ってしまった。
 家族という体を成しながら、中身はとっくに形骸していた。
 そんな中で育ってきたひとみにとって、目の前の姉弟は、殊の外眩しく思えてならない。

 細やかな誕生会が始まった。真由美も薫も、精一杯に明るく振る舞う。用意したケーキとクラッカーで演出を盛り上げた。

「これ、僕から……」

 薫が、リボンで飾られた小さな紙袋をひとみに差し出した。
 ひとみの顔が、驚きから喜びに変わった。


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