バベルへの弔詞-4
――二人の涙――
友人の部屋に来ていた。家を離れて丸二日経つ。なのに一睡も出来なかった。
彼の言葉が頭から離れない。
――今お姉さんに一番必要な物はなんだい?
いや、もう彼では無いのかもしれない。彼は僕であり、僕は彼では無かった。
僕は自分が初めからこの疑問をずっと巡らせている事に気付いていたのだから。
僕は再び目を閉じる。
闇は無かった。
ただ無償に熱い物がこみ上げてきて瞳から滴り落ちた。
熱い。
けれど零れた涙は冷たかった。
(――淋しい)
胸が締め付けられる程苦しかった。でも、その時解かった。それは僕の感情では無かったのだ。
『良。やっと見えたみたいだね』
『その涙は果穂の物だ』
『君が逃げてはいけないよ。』
『良、君は優しいよ。でも、今の彼女にとっては、何も言わない事が優しさには成りえないんだ』
『彼女に信じてもらえなくなるのが怖いかい?信じて欲しいならまず相手を信じなきゃ』
『君が彼女を信じ続ければ彼女もまた人を信じられるようになるさ』
そう、こんな簡単な事、本当は判っていたんだ。
(僕、帰るよ。)
この世の不幸を独り占めにした彼女に、誰が希望を教えてやればいい。
彼女の絶望を弔う事が出来るのは、きっと今僕しか居ない。離れてみてはじめて解かったのだ。
世界中から嫌われた彼女を、誰が信じてやればいい。
僕は澄み切った朝焼けの空の下を走り出した。
それきり彼には会っていない。