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飛んでいく鳥
【家族 その他小説】

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飛んでいく鳥-2



人形。
悪友に限らず、普通の友達なら大体、知り合いや友人に僕を説明するのにこの単語を使う。
好意的に受け取るならいつも笑っているからだ。
だが、反応が薄いからそんな単語で済んでしまう。別に感情に乏しいとは思ってないのだが。

それでも周りより表情の変化の幅が狭いのは否めない。両親を早く亡くした子供は、中にはそうなってしまう場合もある。
だが、みんながそうなるとは限らない。身近な例外が飛鳥だ。
僕のひとつ上で、今年高2になる姉。
一般的な姉のイメージはどんなものだろう。

高圧的。
俺より早く生まれたくらいで生意気だ。
やたら命令してくるから、いっそいない方がいい。

同じく姉を持つ友人から聞いたら、こんな感じらしい。
残念ながら飛鳥は、彼等を落胆させる程無邪気で明るく、悪く言えば幼稚な姉だった。

小さな頃から病気がちで体力が無く、日の光にあまり当たれずその肌が黒くなる事はおそらくこれから先は無い。
入退院を繰り返し半ば病室が自分の部屋になっている。
腰まで落とした長い鴉の濡れ羽色の髪に、強靭な意志を秘めた様な大きな瞳。
説明だけ見たら、漫画や映画でありがちすぎる典型的な悲劇のヒロインである。

病室で佇む姿は、美しさと儚さを併せ持った桜にも似ていた。向日葵では、やや強い。
話し掛けなければ、或いは遠くから見ているかすれば、そんなイメージを壊されずに済むだろう。
もっとも、あまり学校に行けなかった飛鳥には、訪ねてきてくれる人が少ないんだけど。

「バニラアイスは?」

植物を枯らそうと頑張る夏の日差しに炙られながら、ようやく辿り着いた病室。
弟の汗まみれの額に目もくれず、飛鳥は聞いてきた。

「無い」

その答えで彼女は、今日の僕に接する態度を決めた。
眉間に力を入れて唇を尖らせ顔を背ける。擬音で現すのなら、ぷいっ、て感じだ。
こんな蒸し暑い中わざわざ見舞いに来てくれた弟を、それもたった1人残った家族を、貴女は召使いとしか見ていないのですね。
主の命令を忠実に遂行するのが仕事である。しかし、姉弟に限ってはこの限りでは無い。

バニラアイスが欲しいと事前に頼まれていない。しかし、弟なら姉の好きな物が分かって然るべきだ。
気が利かない弟にきいてやる口など無い。それが、飛鳥ルールだった。


「利口じゃないと思うよ姉さん。弟と険悪になって貴女に何が残るのです?」
「バニラアイス」
「じゃあこう言おう。売り切れていた。猛暑に引っ張りだこで人手ならぬアイス不足だ」
「バニラアイス」
「あ、そうそう。来週から夏休みで、可能な限り毎日見舞いに来れるよ」
「バニラアイス」

ダメだコリャ。
別に唇を曲げてないし、有名なあの人の真似でもない。
ひねくれ者の僕には珍しく、お手上げだと顔に出して飛鳥に伝えてやった。

「今日は何があった?」

唐突に普通の顔に戻し、そして普通に聞いてきた。
今度は僕が意地悪してやっても良かったのだが、それは野暮というものだ。
椅子を引いて彼女の前に移動させ、汗を拭きながら座った。こんな額じゃ失礼だから。

「授業さぼってラーメン食ってた」
「なんの授業?」
「数学」
「だったら良し。日本史だったら軽蔑していた」

これも、飛鳥ルールってやつだ。
単に自分の好き嫌いで決めてるからルールかどうか知らない。
守る為にあるのだ、なんていうキャラクターは漫画や小説なら良くいる。
基本的に間違った体で描かれているけど、それなら飛鳥もそうなのか。
しかし、時にはそれを破ってでも守らなきゃならないものがあるはずだよ。


「炎天下にわざわざラーメンか。相変わらず変態だな」
「好きだからいいだろ」
「連れてってくれ。いや、下さい」
「せめて秋にしてよ。でも、ラーメンは甘くも冷たくも無いぞ。スプーンでは掬えないし」
「だから、秋に。今はいいからさ」

普通の姉弟の間の、何の変哲も無い約束。
色もなく濁ってもいない言い方だったから、一瞬だけ感情が湧かなかった。
去年の夏より確実に飛鳥は弱っていた。まだ自力で歩けるけれど、手摺りは必要無かったのだ。
必須じゃなくて、あった方が安心という感じだけど、緩やかに下降している。元に戻るなんて保証は無い。

風船にセロテープを貼って針を刺すと、破裂せず少しずつ空気が抜けて小さくなっていく。
ある日テレビを見ている時に知ったのだが、赤い風船を飛鳥と重ねてしまった。

一気に破裂せずじわじわ弱っていく。

僕は、番組じゃなくて、そんな事をイメージする自分に苛立った。
責めた。後悔した。といっても、そこまででもなかった。
飛鳥に哀しい顔を見せないと決めたのは、それが切っ掛けだったのかもしれない−


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