「こんな日は部屋を出ようよ」中編-7
「どうしたのさ?」
「あの子があんなふうに鬱ぎ込んだの、初めてじゃないのよ」
「前も遭ったの?」
「まだ小学生の……卒業前だったか」
すると、ルリは約三年近い前に、未だに癒えない程の精神的打撃を受けた事になる。
「知らなかったとはいえ、僕はあの子の心に土足で踏み込んでしまった……」
一瞬、もっと深く知りたい願望に駆られたが辞めた。
彼女がひた隠しにする過去を知ってしまったら、僕は気付かれないふりして接する事は出来ない。
いずれ、彼女は気付く事となって再び傷付けてしまう。
だったら、知らない方がいい。
「叔母さん。教えてくれてありがとう」
僕は叔母にお礼を言って家を出た。外は厚い曇が一面を覆い、風も澱んでいた。
翌日も翌々日も、僕はルリに会いに行った。が、会ってもらえなかった。
来た道を戻りながら、思考を廻らせる。
(考えてみれば、今までも……)
久しぶりに再会して家庭教師を引き受けた。
傷の癒えてないルリは、冷然とした態度で僕との接触を避け、一方で、僕がどんな人間なのか、自分が以前から知る従兄のままなのかを観察していた。
そして、最近、観察期間が終わって僕が以前のままだと判ってからは、徐々に心を開いて行こうとしていた。
煙草の件なんか、その流れの一環でしかなかったのだ。
(ところが、僕の勘違いから全ては瓦解してしまった……)
──どうやったら。等と打開策を考えようにも、謝ることしか浮かんでこない。
無力だった。
何も出来ない事が、これ程情けないとは思わなかった。
(唯、このままじゃ……)
来週火曜日からの中間試験が、三日後に迫っていた。
試験範囲の半分は水曜日までに復習し終えている。彼女の事だから、僕が居なくても残り半分は自主勉強で補っているだろうが、僕は試験前夜に問題傾向を考慮した模試を行う予定としていた。
模試を繰り返す事で、点数アップを図りたいと考えていたが、このままではそれも出来ない。
(何とかしないと、ルリも叔母さんも悲しませてしまう)
深淵の中に突き落とされたような強い閉塞感。何とかしようにも、僕の頭では解決策が見当たらない。
(本当は、使いたくないけど……)
この際、面子にこだわっている場合じゃない。僕は友人に連絡を入れた。
一回、ニ回と呼び出し音が続く。何時も、五回目には必ず繋がるのが今日は繋がらない。
(何時もは、お節介な位のくせに)
その時、ある思いが胸に浮かんだ。
これは啓示なのだ。毎度々、友人のアドバイスを当てにする僕に対して、自分で解決せよという戒めだ。
僕は、六回目の呼び出しの途中で電話を切ってしまった。