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「こんな日は部屋を出ようよ」
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「こんな日は部屋を出ようよ」中編-5

「僕も、ひとつ訊いていいかな?」
「なんですか?」

 ルリの瞳が、僕を捉える。

「学校でも、僕にするような態度でいるのかな?」

 言葉を投げ掛けた途端、薄明かりでも判るほど、彼女は動揺を見せた。
 やはり何かある。この子が装う原因が。煙草の件も含めて確かめてみたい。

「ええ。何時も同じです」
「その性格って、小さい頃と全く違うよね。あの頃は明るくて元気で生意気で……何がそんなふうに変えたの?」

 僕の問いかけが止んでも、ルリは答えない。五秒、十秒と経っても、立ち尽くしたまま口唇を結んでいる。
 それから、時間にして一分は経っただろうか。ルリはようやく重い口唇を開いた。

「い、言いたくないです……」

 喉の奥から、絞り出すような声──涙声だった。
 僕はやり過ぎてしまった。
 自分の知りたい欲求を満たそうとして、配慮を欠いてしまった。

「ご、ごめん……」

 部屋に連れて戻り、椅子に座らせる。ルリは俯いたまま、静かに涙を流していた。
 僕には何も出来なかった。唯々、謝るしかなかった。

「──明日、また来るから」

 今の状況では勉強どころでないし、教わりたくもないだろう。時間を置く必要がある。
 今日のところは一旦、引き上げて出直す事としよう。

「叔母さん……」
「あれ?ナオ。どうしたの」

 僕は部屋を出ると、階下に居た叔母に早く現れた理由を言った。すると叔母は、「そう。仕方ないわね」とだけ言って僕を帰らせてくれた。

 雲間から見える星が瞬いて見える。

(上手く行きかけてたのに……)

 今更ながら、自分の浅はかさに腹が立つ。
 ルリは僕が知らない七年の間に深い傷を負っていた。
 気付かなかったとはいえ、僕は未だ癒えていない傷口を抉ってしまったのだ。





「何だよ?二日続けて辛気臭い顔で!」

 翌日の学食でも、僕は頬杖えをついていた。
 問題ばかりに気を捕らわれて、行動に対する反動がある事さえ予想出来なかった。
 今さらながら、自分の愚かさ加減に腹が立った。

 冷然とした態度。煙草への執着ぶり。幼い頃の性格との差異。
 これらを考え合わせれば、どのような過去があったのかは容易に想像出来る。にも関わらず、僕は気付いてやれなかった。
 馬鹿だ。こんな、人の気持ちを汲む事も出来ない人間が、人に物を教えてるなんて。

「ナオッ、いい加減にしろ!」

 怒鳴り声。気付けばまた、周りには誰も居なくなっていた。

「そんなに何時も悩んでたら、頭おかしくなっちまうぞ!」
「いっそ、おかしくなった方が良いのかも知れない」

 何とも気分が滅入る。
 家庭教師をやっていてこれだ。学校の先生なんか、余程の覚悟がないと務まらない。
 そう考えると、僕の中学や高校の担任は、随分と忍耐強い人逹だったのだと感心してしまう。
 真面目とは言い難かった僕を横道に逸らす事なく、何とか大学に行けるだけの人間にしてくれたのだから。


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