「こんな日は部屋を出ようよ」中編-13
「ごめん。こんな目に遭わせるつもりじゃなかったんだ」
「わたしも……」
僕等はどしゃ降りの中、ずぶ濡れになって家へと歩いた。
再会から三十分後、僕等はリビングに居た。
僕の服を着たルリが、ソファーで小さくなっている。
「一時間くらいで叔母さんが迎えに来てくれるから、それまで待ってるといいよ」
「ありがとう……」
ルリに温かい飲み物を渡した僕は、距離を置いて腰掛ける。
彼女は、俯いたままで何も喋ろうとしない。思いもよらない状況が、彼女を無口にしているようだ。
こういう場合、僕の方が場を和ませる行動を採るべきだろうが、悲しいかな、経験のなさから何の話題も思い浮かばない。
(まいったな……)
つい、テーブルに置いた煙草に手が伸びた。
「それ。わたしにも下さい」
ルリが言った。
一瞬、迷いが生じたが、それ以上は辞めた。
「いいよ。ほら」
それまで口も利かなかったのに、煙草を見た途端、言葉を発した。
今の状況下で煙草を欲するだろうか。
僕にお礼の手紙をくれたのは、少なくとも謝罪を許容するつもりになったからだと思う。
それも、こんな荒天の中で、在宅の有無も不明なのに家まで届けに来たのだ。
そう考えれば、今も含めて手紙を書いている間は、孤独だと感じてなかったはずだ。
これは、僕や友人の推考とは明らかに違う。何故、ここまで煙草に執着するのか僕は確かめて見たくなった。
ルリは、差し出したボックスから煙草を一本抜き取った。指先が震えている。
「こうやって、人差し指と中指で挟んで、フィルターの部分を口唇で軽く咥えるんだ」
ルリは小さくて形のよい唇を窄めて、フィルターの先を軽く咥えた。
僕にはそれが、キスでもする様に見えた。
「先に火を着けたら、ゆっくりと吸うんだ。一気に肺に入れると、噎せてしまうから」
「はい……」
ルリは、軽く顎を突きだした。
──汚れない彼女の身体が、今、まさに毒に犯されようとしている。
僕は、背徳に対して妙な高揚感を抱きながら、ライターに火を点けた。
「こんな日は部屋を出ようよ」中編完