『STEEL DUST GLAVES』修鬼来到篇-2
「く」
圧されている。黄の剣を握る手に冷たい汗が滲む。
最後に玲と手合わせして経た、この三年間。決して無駄に過ごした訳ではない。
筆舌し難い修練を積み、今では内家では匹敵する者がいないとまで嘯かれ、
目の前の男”踏麗舞刀”玲朱紋を越えたとまで謳われた剣の技が通用しない。
“制闘覇刀”と呼ばれ奢っていたか、黄は己の技術の拙さを恥じた。
然し、玲もまた安寧な三年間を過ごした訳ではない。
彼は更に筆舌し難い修羅を歩んだに違いなかった。
前よりも刃先は鋭く、切り返しは迅速だ。
刃と刃が火花を散らし、鎬と命を削る。
内功は万物の理を己が気を以って捻じ曲げる技。
そんな無理を行って、使用者の体が無事で済む筈が無い。
過度の内功は、精神をすり減らし、気脈と直結する臓腑を深く傷付ける。
彼とて例外無く、最早、彼の命は刹那に消え失せようとしていた。
玲の首筋に隙が生まれた。罠かと黄は考える。
然し、思考するにも残された時間は余りにも少な過ぎた。
ならば、我は此の一刀に我が命を乗せるのみ。
最高のタイミング、自信の持つ最高の技術で、黄の最速の刃が奔る。
陸家片太刀六技が一つ、”鳴燕”。
届かない。
これまでがそうであったように、黄の刃先は、その内功の技術は玲には届かなかった。
黄の首と、彼の剣が飛んだ。
剣が彼の墓標の如く、地に刺さる。
「修練を積んだな黄」
玲の首筋に赤い線が走る。もう少し黄の剣が速ければ、飛んだのは玲の首であった。
また来世で酒でも飲もう、玲が独り呟いた。
呟く一瞬、見せたその顔は、
まさしく黄の知るところの、昔の玲の優しげな表情であった。
首を失った黄の胴体が崩れ落ちる。
義兄弟の盃を別つた朋友に背を向け、かつて玲と呼ばれた幽鬼は饗宴の街へと向かう。
己が憎しみの本能の従う侭に。
ただ独り取り残された機械人形が、雨に濡れた主人の首を抱いた。
泣いてはいない。だが、ひとすじの雨の雫が涙の様に彼女の頬を流れた。
To be continued