E-7
(こんなに仕事ばかりじゃ、勉強が疎かになるわよね……)
雛子が受け持つ学年は、家庭訪問と同時期に学力試験が行われたのだが、その結果があまり芳しくなかった。
特に、美和野分校の親学校である粕谷小学校と比べると、かなりの差があったのだ。
美和野分校の生徒は卒業すると、此処から山を越えて一時間以上掛かる粕谷中学校に通っている。
中学校の生徒の大部分は粕谷小学校出身で、いうなれば、美和野分校出身の生徒は、最初から勉強に付いて行けないのが事実であった。
中学校を卒業すれば、殆どは進学しない。村で百姓の跡を継ぐか、同じ百姓家の嫁になるのを良しとされていた。
(みんな、いい子ばかりなのに……)
未来はひとつでは無く、もっと沢山の選択肢がある事を教えてやりたいが、気ばかり焦って具体的な案が浮かばない。
唯々、無力な自分が口惜しかった。
「そろそろ、沸いたかな……」
雛子は柱に掴まり、力なく立ち上がった。
すると、そこに玄関の方から声がした。誰かが訪ねて来たのだ。
「また夕方に?」
一瞬、林田の嫌な顔が浮かんだ。
そろそろと玄関に向かい「どなたですか?」と訊いた。
「すいません!林田純一郎ですッ」
「やっぱり!」
悪い予感は当たった。
ゆっくりと扉を開けた。その向こうで、嫌な顔が笑みを浮かべていた。
「すいませんね、昨日に続いて」
「何なんですか?」
「今日も泥付きなんですね」
「貴方に関係ないでしょう!そんな事ッ」
一瞬にして険悪な雰囲気が二人に広がった。が、林田はすぐに笑みを取り戻した。
「……今日は、会ってもらいたい子が居るんです」
「えっ?」
林田が呼んだ。
すると、暗闇から現れたのは哲也だった。
「て、哲也君!どうしたの?」
雛子の頭に疑問が涌いた。
林田と哲也との接点が思い浮かばない。
「あの、先生……」
「なあに?」
「僕、明日まで母ちゃんの加勢するんだ」
「えっ?どういう事なの」
「俺が口添えしてやったんだ」
林田が割って入り、そこに至る経緯を説明した。
訳を聞いた雛子は胸がいっぱいになった──思わず涙ぐむ。