E-4
村外れにあるトタン葺きの粗末な建物。今は村に唯一の購買所だが、戦時中は配給所として物品を取り扱っていた。
同じく外れにある床屋は、大正時代から続く老舗で、理髪だけでなく村の憩う場所として利用されている。
様々な場所へと出向いては、村人の生活がどの様なものなのかをその目で確かめる。
村がおかれた現状を知るには、格好の材料だ。
「ほう……」
林田の足が、ある場所で止まった。
そこは、山の地形に沿って等高線でも引いたように、幾つもの田んぼが段を成して重なっていて、一枚々の田んぼには、何人もの人夫逹が田植えに従事していた。
林田は、何故か眼下の光景を食い入る様に見つめている。
「こんな場所にも、搾取する側とされる側の構図が……」
他で行われている田植えとは明らかに違う。
みすぼらしい格好をした者逹が田植えをする中、上等な格好をした者がそれを仕切っている光景は、林田の中にある憤りを噴き上がらせた。
何時の時代も持たざる者は、人格さえも無視されて持つ者の為に働かされる。そこで得た益の殆どは自分達の物ではなく、残った搾り滓しか与えられない。
持つ者にすれば、持たざる者など使い捨てでしかなかった。疾病や傷負いで働けなくなれば、不要として暇を出された。
補充はいくらでも利いた。
食えなくなった百姓逹が、人身御供をいくらでも差し出してくるからだ。
林田は、その様な者を何人も見てきた。
ふと、目を棚田から横へと向けた。
薄汚れたシャツとズボンを着た少年が、道端に座っていた──哲也であった。
(あれは、確か……)
林田の中に、記憶が甦る。
昨夕、河野雛子に会いに行った際、奥から顔を出した少年だと。
「ねえ君。君、昨日、河野雛子さんの家に居たよね?」
林田は、何気に声を掛けた。
しかし、哲也の方は、林田を著しく警戒して後退る。
「俺だよ。林田純一郎だ。昨日、玄関口で揉めてたろう」
確かに、雛子と言い争っていた人だと哲也は気付いた。が、だからと言って気持ちは緩めない。
「今、彼処の田植えを見てたよな?何でだい」
林田は棚田を指差した。
ずっと応えなかった哲也が、初めて口を利いた。
「彼処に、母ちゃんが居るから……」
「えっ!あの中に?」
林田は哲也と棚田を交互に見て驚いた。
この少年は自分の母親が働いている姿を、ずっと見ていたのかと。