E-2
「へぇーッ!こっちは紐に沿って植えるのねッ」
「長野は違うのか?」
「向こうは型枠って道具を使って、田んぼに四角い跡を付けて、それに沿って植えるのよ」
「先生が、その型枠ってのを使ってたのか?」
「ううん。私は植えるだけ。苗を入れた籠を背負ったりして……もうキツくてね」
「田植えの仕方も、色々あるんだなあ……」
大と分かれた雛子は、役場へと続く道を歩いた。行く先々で公子に三郎、浩らに出会した。
皆、子供ながらに大人と一緒になって、田植えに掛かっている。
雛子は思う。勉強より百姓仕事の担い手として必要とされる現実は、自分が子供の頃と何ら変わっておらず、教師として憂うべき点であると。
戦争が終わって十年。東京の景観や文化は日進月歩で変化を見せており、そんな中で、若い世代の間に新しい価値観が広がりつつある。
これまで、家系や血筋による選択肢しかない等という生き方でなく、努力次第で誰にでも、様々な選択肢を得られるという徴候が訪れつつあった。
いずれ、新しい価値観は日本中を席巻し、ひと握りの人々だけが益を享受している古い社会を、大きく変える源動力となるに違いない。
そんな価値観を、子供達に伝えるのが教師の役目だと雛子は思っているが、現状の学校の在り方と村が抱える問題では、とても難しいのが現実であった。
役場近くの坂道、その手前の田んぼにヨシノは家族達といた。
「ヨシノちゃーーん!」
呼び掛けに、全員が雛子の方を見た。柔らかい目であった。
「先生!」
田んぼの中からヨシノが、手を振って応えている。
雛子は祖父母らと挨拶を交わしてから、畦道を通ってヨシノの傍に立った。
「頑張ってるわね!」
「今日で仕舞いだから」
「そう言えば、貴之君の姿が見えないけど?」
田植え等の面倒を見る者が居ない場合に、赤ん坊を入れておく嬰児籠が辺りに見えない。
雛子の疑問を知ってヨシノが言った。
「今日は、貴之のおっ母が面倒みてるんだ」
「じゃあ、お母さん治ったの!?」
「いんや、今日だけだ。前よか良いんだけど、まだ本調子でないって」
ヨシノの話では、貴之の面倒に掛かる必要がなくなったが、此方の田植えが終わり次第、向こうの手伝いをする段取りだと言う。
どうやら、雛子の思惑通りになりそうな気配だ。
「ねえヨシノちゃん。そのお手伝い、私もやらせてもらえないかな?」
「えっ?そりゃあ、ありがたいけども……父ちゃんに聞かないと」
「お父さんに聞いてもらえる?」
ヨシノは頼みを快く引き受けて父親に訊いてくれた。