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a village
【二次創作 その他小説】

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E-1

「まったく……」

 早川親子が帰った後、雛子は布団の中で収まらない蟠りと戦っていた。

 ──泥つき大根みたいだ!

 訪ねて来た林田純一郎が、自分を見るなり、そう言って高笑いを繰り返した事が、癪に障って堪らない。
 直前まで山の中に居たのだから泥だらけなのは当然である。それなのに林田ときたら、こっちの事情もお構い無しで小馬鹿にしたのだ。

(こんなの、小学生の頃以来だわ)

 長野に居た頃。山登りや川遊びが何より好きだった雛子は、日に焼けているのが常だった。
 そんな彼女の様子を見た、ある男の子は、雛子を“黒ん坊”と渾名を付けて皮肉った。
 彼女はその渾名が侮蔑を意味するのを知っており、当時は子供なりに、悔しい思いをした事を覚えている。
 但し、これは男の子による好意の裏返しだったと後に解ったのだが。

(それが、今度はこの歳で、おまけに同じ先生から言われるなんて……)

 それと、もう一つ。腹立たしさが先行して訊きそびれてしまったが、何故、こんな時期に赴任して来たのだろうか。
 美和野分校は、雛子を含めて三人の先生と校長の高坂で成り立っている。その一、ニ年生の受け持ちと三、四年生を受け持つ先生逹は勿論、高坂からも異動の話は聞いていない。

(さっぱり解らないわ……)

 とにかく、これ以上の事は三日後に判明するのだから、それまで待つ以外にない。そう考えると、少しは気持ちが楽になった。
 と、そう思った途端、雛子の身体を昼間のくたびれが一気にのし掛かる。
 それは、考える事もままならない程の眠気を誘発し、あっという間に寝息を立てさせていた。





 翌日

 雛子は、夜明けと共に目を覚ました。
 今日は、生徒達が入っている田んぼに出向き、あわよくば、田植えの加勢をという算段だ。
 彼女自身、疎開先の田植え休みにはご近所の田んぼに毎年入ったもので、その大変さも解っている。
 それでも加勢したいのは、先生としてでなく、河野雛子として村に馴染みたい想いがあるからだ。
 何時もの野良着と手拭いを身に付け、それに田植えに必要な物を手提げに詰めて家を後にした。

「けっこう冷えてる……」

 五月の中旬とはいえ、昼間の陽気さとは違い、盆地である村の早朝はかなり冷える。
 庭先から下の道へと続く坂道で、雛子の目に飛び込んで来たのは、既に田んぼの中で忙しく百姓仕事をしている光景だった。

「やってる、やってる」

 雛子は先ず、ヨシノん家の田んぼへ向かおうと思った。
 ヨシノが何時もおぶっている貴之の家は、人手が足りないと嘆いていたのを知っていたからだ。
 ひょっとすれば、貴之ん家の田植えに加勢させてもらえるかも知れない。という淡い期待を寄せていた。

 役場近くにヨシノん家の田んぼはあった。

「先生!何処行くんだあッ」

 向かう途中で、雛子を呼ぶ声がした。大が畦道に立っていた。

「ヨシノちゃんのところよ。貴之って子の家の田植えに、人手が足りないって聞いたから」

 田んぼを挟んだ二本の畦道に、大と大の祖父が棒を持って、棒に結ばれた一本の紐を田んぼの中でぴんと張って立っている。
 紐の先には、大の父親と母親、祖母が等間隔に並んで苗を植え付けている。


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