E-10
「皆さん、おはようございます」
広い講堂の真ん中に集められた子供達を前に、壇上から高坂が挨拶をした。
子供達も高坂に挨拶を返す。のだが、何時もと様子が違い、視線は壇上の高坂にでなく、その隅っこに集中している。
そこには、見馴れぬ男の姿があった。
林田純一郎である。
雛子も生徒達の後ろから、煩わしい気分で壇上の隅っこを見つめていた。
集会前の職員室で、林田の紹介があった。
そこで高坂が言ったのは、今年度いっぱいを引き継ぎ期間として、林田を扱うという事だった。
つまり、約一年間、どの学年が適当かの適性検査を行った後、教師の入れ替えを行うそうである。
「適性検査とは、どの様な方法なんですか?」
雛子は訊いた。嫌な予感がして、酷く気になったからだ。
果たして、雛子の予感は的中する。現在、担任を行っている教師の補助として組に加わると言うのだ。
(何で、こんな人と一緒にやらなきゃいけないのよ!)
赴任しても、受け持つ組が違っていれば、言葉を交わすのも最小限で済む。と、高を括っていたのに、一緒となればそうはいかない。
そんな雛子の気持ちを知らぬ林田は、紹介が終わると真っ先に彼女の前に現れた。
「おはようございます河野先生」
「お、おはよう……ございます」
雛子は林田から視線を逸らす──心の中で身構えた。
「今日も野良着なんですね?」
いちいち勘に障る男だと思いながらも、此処は職員室なんだと自分に言い聞かせた。
「……こ、子供達相手だと、こ、この方が楽なので」
「同感です。私も、今日は仕方なく一張羅を着ていますが、明日からは作業着で来るつもりなんです」
「……そ、そうですか」
二人のやり取りに、高坂は何かを感じ取っていた。
「お二人は、知り合いなんですかな?」
「三日ほど前に知り合いましたが、彼女の事はよく知ってますよッ」
高坂の問いかけに林田は、初対面での誤解や玄関口での歪み合いと、包み隠さずに話した。
聞いていた雛子の中に怒りが涌き上がる。此処が職員室であるという事など既に頭に無かった。
「貴方!自分が何を言ってるか解ってるんですかッ」
「待て……此処は不味いって」
鬱積した思いの噴出は止まらない。
「夕方、家に来るなり私を馬鹿にしといて!貴方のせいでお湯が煮上がったんですからねッ」
職員室が喧騒となった。
雛子の凄まじい怒りを何とか鎮めようと、林田は宥めるのに必死だ。
その時だ。高坂は、おもむろに竹の指し棒を握り締めると、傍の机に向かって一気に叩きつけた。
高く、鋭い音が響き渡り、一瞬で辺りが静まり返る。
「お二人の経緯は、よう解りました」
高坂は、にこにこと笑いながら言った。
「林田さんは、先ず河野先生と組んでもらいましょう」
「ええッ!」
雛子と林田。双方が同時に目を剥いて、信じられない叫び声を挙げていた。
「a village」E完