やっぱすっきゃねん!VS-14
「こんばんは、直也君」
「こ、こんばんは……」
風がそよいで、風呂上がりの甘い香りが直也に届いていた。
「字は、前と同じでいいの?」
「……」
「川口君?」
有理の問いかけに、直也は一点を見つめたまま何も答えない。
「川口君ってば!」
「えっ!ああッ」
何度目かの呼び掛けに、ようやく反応した。
「どうしたの?」
「い、いや。何でもないんだ」
直也は、手にした野球帽を有理に渡す。
「字はどうするの?前と同じ」
「あ、相田の好きな字を書いてくれないか」
「わたしの?」
「あ、ああ……」
直也の行動を、有理は訝しがる。
様子が変だ。何時もの勢いもない上に、こちらの質問をまともに答えられない──挙動不審者のようだ。
だからと言って、訊くのも失礼だ。
(とにかく、明日は試合だから……)
──此処で時間を掛けては決勝戦に響いてしまう。
有理は悩まず、野球帽の鍔裏にマジックを走らせた。
「これでいい?」
「あ、ありがとう……」
直也は野球帽を受け取り、書き込まれた文字に目を凝らした。
──弱気は最大の敵!
かつて、広島カープの伝説的抑え投手が、鍔裏に刻んでいた言葉。
今は、直也も好きな言葉だ。
「じゃあ、明日は頑張ってね」
「あッ!ちょっと待ってッ」
引き上げ掛けた有理を直也は止めた。
「どうしたの?」
外灯の柔らかな明かりが有理を照らす。その容貌が、殊の外愛しく見えた。
「……あの」
有理は異変に気付いた。直也の身体は小刻みに震えて、声が掠れていたのだ。
「川口君?」
「も、もうひとつ頼みがあるんだ……」
有理は次の言葉を待った。
直也は深い呼吸をすると、強張った表情で訥々と言った。
「あ、明日の試合に勝ったら……お、俺と、俺と付き合って下さい」
辺りに静けさが下りた。
直也は、頭を垂れたまま立ち尽くしている。生まれて初めての告白だった。
一方の有理は、直也の姿をジっと見つめている。外灯が映しした表情に、戸惑いや動揺はない。
──お断りよ。
それは、はっきりと聞こえた。
直也は頭を上げて有理の顔を見た。
そこには、先程までとは異質な、冷たい眼が彼の目を捉えていた。
「やっぱすっきゃねん!」VS完