投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

やっぱすっきゃねん!
【スポーツ その他小説】

やっぱすっきゃねん!の最初へ やっぱすっきゃねん! 527 やっぱすっきゃねん! 529 やっぱすっきゃねん!の最後へ

やっぱすっきゃねん!VS-14

「こんばんは、直也君」
「こ、こんばんは……」

 風がそよいで、風呂上がりの甘い香りが直也に届いていた。

「字は、前と同じでいいの?」
「……」
「川口君?」

 有理の問いかけに、直也は一点を見つめたまま何も答えない。

「川口君ってば!」
「えっ!ああッ」

 何度目かの呼び掛けに、ようやく反応した。

「どうしたの?」
「い、いや。何でもないんだ」

 直也は、手にした野球帽を有理に渡す。

「字はどうするの?前と同じ」
「あ、相田の好きな字を書いてくれないか」
「わたしの?」
「あ、ああ……」

 直也の行動を、有理は訝しがる。
 様子が変だ。何時もの勢いもない上に、こちらの質問をまともに答えられない──挙動不審者のようだ。
 だからと言って、訊くのも失礼だ。

(とにかく、明日は試合だから……)

 ──此処で時間を掛けては決勝戦に響いてしまう。
 有理は悩まず、野球帽の鍔裏にマジックを走らせた。

「これでいい?」
「あ、ありがとう……」

 直也は野球帽を受け取り、書き込まれた文字に目を凝らした。

 ──弱気は最大の敵!

 かつて、広島カープの伝説的抑え投手が、鍔裏に刻んでいた言葉。
 今は、直也も好きな言葉だ。

「じゃあ、明日は頑張ってね」
「あッ!ちょっと待ってッ」

 引き上げ掛けた有理を直也は止めた。

「どうしたの?」

 外灯の柔らかな明かりが有理を照らす。その容貌が、殊の外愛しく見えた。

「……あの」

 有理は異変に気付いた。直也の身体は小刻みに震えて、声が掠れていたのだ。

「川口君?」
「も、もうひとつ頼みがあるんだ……」

 有理は次の言葉を待った。
 直也は深い呼吸をすると、強張った表情で訥々と言った。

「あ、明日の試合に勝ったら……お、俺と、俺と付き合って下さい」

 辺りに静けさが下りた。
 直也は、頭を垂れたまま立ち尽くしている。生まれて初めての告白だった。
 一方の有理は、直也の姿をジっと見つめている。外灯が映しした表情に、戸惑いや動揺はない。

 ──お断りよ。

 それは、はっきりと聞こえた。
 直也は頭を上げて有理の顔を見た。
 そこには、先程までとは異質な、冷たい眼が彼の目を捉えていた。



 「やっぱすっきゃねん!」VS完


やっぱすっきゃねん!の最初へ やっぱすっきゃねん! 527 やっぱすっきゃねん! 529 やっぱすっきゃねん!の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前