屈辱の夜-4
やっとみずきが解放されたのは、夜が明けてからのことだった。ホテル代もみずきが支払った。「おまえのお願いをきいてやるんだから、当然だ」と大塚は笑った。
朝5時過ぎの街を、来た時と同じように大塚に肩を抱かれながら歩いた。さわやかなはずの朝焼けの景色さえも、どこか禍々しいものに見えてしまう。ご機嫌な調子で話し続ける大塚の言葉はなにひとつ頭に入ってこない。どろりと内側から流れ出てくる精液がさらに気分を滅入らせる。
「じゃあな。また連絡する」
アパートまでついてきた大塚は、みずきを部屋まで送り届けるとにやにや笑いながら帰っていった。
くしゃくしゃになった洋服を脱ぎ、唾液と精液にまみれた下着をゴミ箱に放り込んだ。バスルームに直行し、シャワーを浴びる。どれだけ洗っても落ちない汚れが染みついているような気がした。タオルで何度もこすって、こすって、それが無駄なことだとわかったとき、みずきは声をあげて泣いた。
あの女・・・加藤エリナのせいだわ・・・あいつが一樹くんの前に現れなければ、わたしはこんな目に遭わずに済んだのに・・・許さない、絶対に許さない。
一樹くんの態度が急に冷たくなったのも、エリナが誘惑したからに決まってる。いまからレースの日まで1カ月、せいぜい恋人気分を楽しめばいい。幸せな気分を味わえばいい。そこからどん底へ突き落としてやる。一樹くんの前にどころか、二度と街を歩けないようなことをしてやる。それができるのなら、何度大塚に抱かれてもかまわない。
鏡に映ったみずきの顔は、泣きすぎて腫れた目でぞっとするような暗い笑みを浮かべていた。
風呂から出て、出勤の準備をする。会社に行くような気分ではなかったが、家にいるとますます気持ちが落ち込んでしまいそうだった。いつもよりも念入りにメイクをする。視界で何かが光った。鏡越しに携帯電話のランプが点滅しているのが見えた。
着信は午前7時すぎ。マミからの電話。ついさっきかかってきたばかりのようだ。メイクを終わらせ、出勤用のスーツに着替えてから電話をかけ直した。
「もしもし?マミ?」
『おはよう・・・ごめんね、もう起きてた?』
「え、ああ・・・うん」
『あのさ、ちょっと聞いてほしいことあるんだ・・・出勤前に、いつもの店に来てくれない?』
いつもの店、とは会社の近くのカフェで、モーニングセットを安く出している店のことだった。たまにマミと早朝に待ち合わせをして、くだらないおしゃべりをしてから一緒に出勤する。
「いいけど・・・マミ、どうしたの?元気なくない?」
『うん・・・会ってから話すよ。じゃあ、あとで』
ぷつりと通話が切れた。なんだろう。ちょっと声が沈んでいるような気がした。うまくまわらない頭を抱えたまま、部屋を出て待ち合わせ場所の喫茶店へ向かった。
カフェのテラス席にはすでにマミが座っていた。モーニングセット目当ての客たちが慌ただしく出入りする店内は活気に溢れている。食欲が無い。とりあえずコーヒーだけを注文して席についた。
「ごめんね、朝早くに電話しちゃって・・・ちょっと、誰かに話を聞いてほしくて・・・」
そういうとマミは目に涙をいっぱいためてうつむいた。隣の席のサラリーマンがじろじろと見てくる。みずきはまわりの視線を気にしながらハンカチを差し出した。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ、いきなり・・・」