林田みずきの嫉妬、そして憎悪-1
「え?なに、もう一回言って」
「だから、俺たちべつにほら、つきあってるとかじゃないよな?俺、ほかに好きな子いるし、もう部屋に来るのはやめてほしいんだ」
日曜日の夜、22時を過ぎてやっと帰ってきた彼は唐突にそう言った。
林田みずきは申し訳なさそうに頭を下げる彼の顔を見ながら呆然とした。このひとは何を言っているのだろう。この4年間、あんなに尽くしてきたのに。この部屋の掃除だって、洗濯だって、週に半分くらいは食事の支度だってしてあげた。それなのに、つきあってなかったの?わたしたち恋人同士じゃなかったの?
言っていいことも悪いことも何もわからなくなって、心に湧きあがってきたそんな思いを泣きながら伝えた。胸の中がしんしんと冷えていく。
すると「それって俺が頼んだわけじゃないだろ?」と困ったような言葉が返ってきた。
ずっと好きだったのに。高校のときから、もう何年もずっと。だから処女だって捧げた。彼が望むことなら何だってしてあげた。ときにはなけなしのバイト代をはたいて、高額なプレゼントをしたことだってある。大好きな彼、斎藤一樹のために。
「ほかに好きな子って・・・そんな・・・」
「とにかく、もう部屋には来ないでほしいんだ。帰ってくれるかな」
「待ってよ、わたしだって一樹くんのこと・・・好きよ、好きじゃなかったらこんなことしない・・・」
みずきは斎藤の胸にしがみついた。斎藤はその手を乱暴に払いのけ、みずきに厳しい視線を向けてくる。
「やめてくれよ、俺もうほんとに嫌なんだ。勝手に部屋に来られるのも、いちいちつきまとわれるのも」
冷たい声に突き刺され、その場にへたりこむ。無造作に髪をかきあげてため息をつく、その斎藤の横顔は高校の時からまったく変わっていないように見えた。遠くから憧れていたあのときのまま。
斎藤に出会ったのは高校1年のときだった。彼は明るく元気で、いつもたくさんの友達の輪に囲まれて楽しそうに笑っていた。その年の文化祭で同じ係を担当した。どんなに大変な作業でも嫌な顔一つせずに取り組む姿を見て素敵だと思った。笑顔を見るだけで胸がどきどきした。気がつくといつも斎藤のことを目で追うようになっていた。
高校2年のバレンタインの日、勇気を出して斎藤に告白した。何度も作りなおして徹夜で完成させたチョコレートは、受け取ってもらうことさえできなかった。あのときも彼は今日と同じように少し申し訳なさそうな顔をしていた。「ほかに好きな子がいるから」と言われた。目が腫れあがるまで泣いた。
それでもみずきはあきらめなかった。大学受験が終わったあと、斎藤は地元を離れて就職すると聞いた。みずきも実家を出て、斎藤が暮らす同じ街でひとり暮らしを始めた。大学からは少し離れていたけれど、彼の近くにいるためだと思えば何も苦にならなかった。