林田みずきの嫉妬、そして憎悪-4
捨てゼリフを残し、斎藤の部屋のスペアキーを床に叩きつけて部屋を飛び出した。アパートの階段を降りながら、追いかけて来てくれるのを期待した。階段の下で10分待っても、20分待っても斎藤は追いかけて来なかった。
本当に、もうこれで終わりなのかな。どうして嫌われちゃったんだろう。ほかに好きな子がいるって、いったいどんな子だろう。
とぼとぼと暗い夜道を歩きながら、みずきは悲しくて悔しくて涙が止まらなかった。泣きながらも斎藤の好きな女の子のことが気になって仕方が無い。
彼は高校時代から男女問わず人気があったが、意外なほど女の子関係の噂は聞かなかった。「つきあっているんじゃないか」と噂されていた女の子がひとりいたけど、それだけ。卒業してからは特にみずきも斎藤のまわりに女の影がないか目を光らせていたが、そんなものはまったく見当たらなかった。
女の子から一方的に告白されることはあっても、みずきのときと同じようにその場でいつもぴしゃりと断ってしまう。だから、この4年間彼のそばにいても拒否されなかったみずきは「愛されている」と思っていた。それは勘違いだったのか。酒の過ちでうっかり抱いてしまった女への同情だけだったというのか。
悔しい。また涙が溢れてくる。
彼とつきあっていると噂されていた女の子のことを思い出す。加藤エリナ。彼女とみずきとは中学も高校も同じ学校で、そんなに仲良くは無かったが印象的な子だったのでよく覚えている。
決して派手なタイプではない。でも、さらさらとした黒髪、ほっそりとした首筋、ふいに見せる眩しいほどの笑顔、それは男子はもちろん同性のみずきでさえも見惚れてしまうほど綺麗だった。
彼女に惹かれていたのは生徒たちだけではなかった。特に中学の夏休みで水泳指導をしてくれた体育の教師は、彼女に夢中だったように記憶している。みずきはその体育教師が大好きだった。だから余計に目についたのかもしれないが、その教師は彼女にだけやたら熱心に密着して指導していたのが腹立たしかった。
そのしばらく後で体育教師は違う学校に転勤になってしまい、みずきの淡い初恋も消えてしまったのだけれど。
高校で斎藤と彼女が一緒にいるのをよく見た。高校生になった加藤エリナは、もうすでにしっとりとした大人の雰囲気を身につけ、美しさにはさらに磨きがかかっていた。
そんな彼女を見つめる斎藤の瞳はどこまでも優しく、エリナを想う気持ちが溢れだしているようだった。わたしもあんなふうに見つめられたい。叶わない願いに胸が締め付けられ、みずきは夜毎に枕を濡らした。
彼女さえいなければ、彼に愛されるのはわたしかもしれない。そう思ってチャンスを待った。そして成功したと思ったのに・・・
自分の部屋に戻ってきてもまだ涙は止まらず、靴を脱ぐ気力も無く玄関で座り込んで泣きじゃくった。
バッグの中で電子音が鳴りだした。携帯電話の着信。もしや一樹が翻意してかけてきてくれたのかとあわててバッグを探る。見つけた携帯の画面に表示されていたのは、坂本マミ。同じ会社の同僚の名前だった。がっかりしながら電話に出る。
「もしもし・・・」