狂楽の部屋-4
ごく普通のジーンズに黒い長袖シャツを着たその男の頭には、髪が1本も無かった。それだけではなく、眉も、髭も、見えるところに体毛が全く見当たらない。年齢のわからないつるりとしたその顔の右頬には、ちょうどがっしりとした首筋から這いあがるように見える巨大なムカデの刺青が鮮やかな赤色で彫られていた。
エリナに近づこうとする山本を、岡田がやんわりと制止する。
「あっはっは、山本さん、この子はエリナといいます。僕の連れなんですよ。今日のショーを見てもらおうと思ってね」
山本は納得したように頷いた。そして自らの頬を這う刺青を照れたようなしぐさで撫でながら、
「なんだ、ショーに出る子じゃないのか。いやあ、すごく素敵だね。いきなりこんなもの見せられたらびっくりするよな。怖かった?ごめん、ごめん」
と笑った。顔の筋肉の動きに合わせて、巨大なムカデがぐにゃりと動く。
まるで生きているみたい・・・
エリナは立ち上がり、山本のそばまでスタスタと歩いていった。どうしても山本の刺青に触れてみたくなったのだ。
「怖くない。とっても綺麗・・・触っても、いい?」
山本と岡田の両方の顔を見ながら確認するように首をかしげた。岡田は苦笑し、山本は驚いたような表情でエリナを見てから頷いた。
「ああ、いいよ。君は面白い子だね」
エリナは山本の顔へと手を伸ばした。指先に触れた肌には本当に産毛ひとつなく、目のまわりを囲んでいるはずの睫毛もない。ムカデの模様をそっと指でなぞり、そこに唇をつけた。舌の先でもう一度丁寧に模様をなぞった後、エリナは満足したように微笑んだ。
「ありがとう。もういいわ」
放心したように立ち尽くす山本にくるりと背を向けて、まるで何事もなかったかのようにソファへと戻った。
山本は岡田の傍へ駆けより、小声でひそひそと何かを話し続け、最後に「岡田さんの相手じゃしょうがないな」と舌打ちをして、エリナのすぐ隣の椅子に腰かけた。
「ねえ、今度よかったら僕と遊んでくれないかな・・・君みたいな子は初めてなんだ」
「それはわたしとセックスがしたいということ?」
エリナの言葉に山本がたじろいだのがわかった。
「えっ、あ、ああ・・・」
「いいわ。わたしもあなたに少し興味がある」
エリナは岡田の視線をものともせずに山本の膝の上に乗り、左手でズボンの上から男性器を擦りあげ、右手の指先で再びムカデの模様に触れた。やっぱり綺麗・・・驚いた表情のままの山本の顎をつかみ、唇を吸う。舌を深く絡めながらちらりと岡田の姿に目をやる。
岡田の眼鏡の奥の瞳は興奮していた。頬は紅潮し、何かを堪えるように歯を食いしばった表情はエリナをさらに刺激した。
エリナの下で山本が呻いた。
「ちょ、ちょっと待てよ!こんな・・・まだ何も始まっていないのに」
「ふうん、つまらない。もういい」
これからせっかく気持ちよくなれるかもしれないと思ったのに。つまらない男。エリナの山本への興味は一瞬にして消え失せ、安堵の笑みを浮かべた岡田の顔を見ながらため息をついた。
岡田が手に持ったグラスをエリナに渡しながら耳打ちする。